こんにちは。

 

 本日も創作小説でお楽しみください。

 セリフのみの小説なのでサクサク読めます。

 イメージを働かせて読んでください。

 

 今回だけ読んでもOK。

 興味があれば最初から読んでくださいませ。

 

 連続創作小説 病気屋のおばあさん

         CASE 13

              *

 

「鈴木ぃ、経理部一課課長、さ、もっと飲め!」
「いや、もうこのへんで。俺、明日があるからさぁ」
「んだよ。鈴木の方から誘っといてぇ」
「お前も明日があるんだろ? それにこの前検査で肝臓ひっかかったって」
「ちっ、酔いが醒めるような事言うなって。あれはな、いいの、仮病だから」
「なんだかわからんけど、もう俺は帰るぜ」
「帰ってもいいけどよぉ、まだ貴様の相談を聞いてない」
「! なんでわかるんだ?」
「何年貴様とつきあってきたと思う? 貴様から酒に誘う時は悩みがある時だ」
「そうか。実はな、ふたつ、あって。一つ目は、うちの課の新入社員なんだが」
「女か男か?」
「女」
「美人かブスか?」
「どちらかというと美人の部類」
「惚れたか?」
「ちがう、違う、俺のこと嫌っているらしくって、困っている」
「名前は?」
「稲垣好恵。仕事ぶりは真面目でいいんだが、俺の目を見て話さない。挨拶しても小さなお辞儀しかしない。俺が近寄ると逃げてゆく」
「ふ~ん? で、その女、お前の視界にはいらないようにしているのか?」
「そうでもない。むしろよく目につく所にいるなぁ」
「なるほどね。そいつは、いわゆる、好き避けだな」
「なんだよ、好き避けって」
「貴様独身だろう? 恋愛事に疎いな。女ってのはな、惚れると好きな男の顔が見られない。恥ずかしくて。それでいて、好きな男のそばにいたいから、貴様の視界の中にいようとしている。うちのカミさんがそうだったってよ。ははは」
「……嫌われていると思うけどなぁ」
「今度デートに誘ってみな? それで好き避けかどうかわかる」
「いやだよ。課の噂になっちまう。彼女も俺も会社にいづらくなる」
「そうか? もったいない話だな。ま、いい。で、ふたつ目はなんだ?」
「来週月曜日うちのニューヨーク本社のCEOが来るって知ってるか?」
「聞いた。ピーター・フォーテスキュー・マキシミリオン。業績の悪いうちの支社を直接視察したいんだとよ」
「お前は営業部だから個々に視察なんかされないだろうからいいけど、うちの経理部は大変だよ」
「普段通りやればいい。へ、なにがCEOだ」
「ところがそうはいかない。俺が通訳しないといけないんだ」
「なんで貴様が? 会社専属の通訳が二人もいるだろうに」
「通訳には経理の専門的知識がない。それで俺にやれって部長がさ」
「ああ、貴様英検一級だからなぁ。できるだろうさ」
「それはあくまで試験の成績。俺、実際外国人を目の当たりにしてしまうと駄目なんだ。あがってしまって。頭が真っ白になる」
「そいつは難儀だなぁ」
「ああ。できればCEOが来る日に休みたいが、病院で診断書が出るくらいでないと休めないだろうな」
「おい、マスター、お勘定頼む」
「おい、おい、おい、逃げるのか? 友だち甲斐のない奴だな」
「あるよ。あるからさ、これからつきあってやるって言ってるんだろうがよ」
「どこへ?」
「駅の高架下に歩行者専用のトンネルあんだろう? あそこ」
「あんなところに飲み屋はないぞ」
「飲み屋じゃねぇよ。とにかくついてきなって。ここは貴様のおごりな」
「おい、おい、おい。あ、支払いはカードで。待てって。おい」

       *

「見えるか? あれ。あれがそうだ。貧相な婆が机ひとつで営業してる」
「はぁはぁ、お前足速ぇなぁ。ん? あれか。占い師みたいだが?」
「病気屋だ」
「びょうきや?」
「いろんな病気を売っているのさ」
「はぁ? そんなの買うやつがいるのか?」
「いるんだな。これが。俺様も一度買った。会社ずる休みするためにさ」
「件の肝臓か?」
「そう。貴様も買えばいい。CEOが来る日に堂々と休めるようにさ。発症する日を指定することもできるぞ」
「マジか? なんだか胡散臭いな。そんなことできるわけが――」
「いやならピーター相手に通訳するんだな。俺様はどっちでも構わない」
「う~、わかった。話だけ聞いてみるよ。ダメもとだ」
「そうそう」
       *

「え~と、こんばんは、婆さん、なんでも病気を売っているんだって?」
「いらっしゃい。はいはい、何がお望みですかね? ひっひっひっ」
「あのぉ、そもそも病気なんて買う奴いるのかね?」
「おりますとも。だいたいが、ね、煙草がそうでしょう? 百害あって一利無し。つまり、お金払って病気になりたがっているわけですからね」
「ふむふむ、なるほど。理屈だ」
「苦痛が好きなマゾ気質の方、ナースや病院関係者に惚れた方、看病されるのがお好きな方、仮病をつかって会社や学校を休みたい方」
「それそれ。仮病で会社を休みたいんだよ。で、何があるの?」
「水虫から末期癌までなんでもとりそろえておりますよ」
「水虫じゃ会社休めないな。末期癌はちと重すぎ。二、三日休むくらいのある?」
「そうですじゃねぇ、ヘルパンギーナなどいかがで?」
「何それ?」
「夏風邪ですわね。普通子供が罹るものですがねぇ」
「ちゃんと治る? 後遺症とか困るんだけど」
「完治までアフターサービス込みの値段でございますからご安心を」
「じゃ、それ期日指定で頼むよ。来週の月火、水曜日」
「まいどありぃ。三万円になります。現金でお願いしますわね」
「高いな。ま、安いとも言えるか。今ここで払うのかい?」
「いえいえ、ご病気になられたら自然にあなた様の財布から三万円引き落とされますですじゃ」
「スリでもやるのかい? ははは、ま、いいよ。金先払いでドロンされる心配がないものな。で、どうやって病原菌を俺に注入するわけ? 注射? 錠剤?」
「毎日普通に暮らしていてくださればよいのですよ。なる時に自然になります」
「馬鹿な。まぁ少なくとも詐欺じゃないとは思うが」
「信じる者は救われますですよ。ひっひっひっ」
「あいにく俺初詣だって行かない主義で。ね、訊いてもいい?」
「はい。なんでしょう?」
「どうして婆さん、そんな能力があるわけ? あるとして」
「あたしはね、実は疫病神ですから、ひっひっひっ。病気のスペシャリスト」
「………。どうも今晩は悪酔いしたみたいだな」
「では騙されたと思って来週の月曜日をお待ちくださいませな」
「そうしよう。じゃあね、婆さん、お元気で」
「はい、あなた様も、ってそれじゃいけないよ、ひっひっひっ、ご病気になってもらわないとね」
「そうそう、そうだった、へるばんなんとかね。期待しないで待ってるよ」
「あ、お客様、お客様は初めてのご利用なので、もうひとつサービスしておきますわね。……ってもうあんなに遠くに行っちまったかい。ひっひっひっ、手なんか振ってるよ。かわいいねぇ。あたしがもう五千歳若かったらねぇ。ひひひ」

       *

「はい、そうです。朝も連絡いたしましたが高熱でちょっと出社できませんでしたので。すいません。ええ、医師の診断書は後日提出しますので。はい。ありがとうございます。では失礼します。はい。ぽちっと。ふ~、まいったな。本当に夏風邪ひくとは思わなかった。これって、つまり、あの怪しげな病気屋のお陰ってわけか。それともあの婆さんを強く信じた故にそうなってしまった、プラシーボ効果みたいなものかもしれない。いや、やはりあの病気屋のせいだ。病院外来から帰ってきて財布の中身を確かめたら、万札が三枚足りなかった。間違いない。信じがたいが、やはりあの婆さんは本物の疫病神だったのだろう。さてと、とにかくあの厄介なCEOの通訳をしなくてすんだんだ。あ~気が楽になった。気が楽になると腹が減るな。何時だ? 薬を飲んでひと眠りしたら、もう夕方の六時。病院帰りにコンビニ寄ればよかったな。高熱でフラフラするし外出はやめてピザでもとるか。ああん? 誰だこんな時に。はいはい、今出ますよ。新聞の勧誘だったら怒るよ――、って、君は!」
「課長、あの、もうお加減はよろしいのでしょうか?」
「稲垣くん、どうしてここへ?」
「あの、私、勝手ながら課を代表してお見舞いに。だって健康を絵に描いたような課長が休まれるのは今回が初めてですから、みんな心配して」
「いや、もうしわけなかった。熱が下がらなくてね、医師の診断では全治三日だとか」
「そうですか。三日で治るのでしたら、安心しました。あのぉ、中に入ってよろしいですか?」
「え? なぜ?」
「何かお食事を作ろうかと思いまして。スーパーで具材を買ってまいりました」
「そんな、悪いよ」
「かまいません。わたし、お料理好きなんです」
「そう? じゃ頼もうかな。実はフラフラでペコペコなんだ」
「ふふふ、そうじゃないかと思いました。課長は一人暮らしですものね」
「よく知ってるね」
「経理部の独身女性はみんな知っています(みんな狙っていますから)」

       *

「いやぁ、美味いね、この肉ジャガ」
「わぁ、ありがとうございます?」
「わざと煮崩してあるのが憎いね。俺はこういうのが好きでさ」
「課長のSNSに書いてありました」
「へぇ、そうだったかな? このモヤシとホウレンソウの巣ごもり卵も絶品だね。これは半熟卵を使っているんだよね?」
「はい」
「俺もゆで卵作るんだけど、いつも殻が上手にめくれなくってさ」
「新鮮な卵じゃない方がいいですよ。あと茹でるとき酢とお塩を入れます。茹でた後氷水で冷やすのですが、卵の上下中間を軽く割って水をしみ込ませておくといいですよ」
「へぇ、そうなんだ。料理って奥が深いねぇ」
「だからこそ面白いんです♪」
「仕事中の君とはえらい違いだな」
「え?」
「だってそうだろう? こんな楽しそうで饒舌な風じゃないよ、いつも」
「すいません、課長」
「あやまることじゃないけど。ははは、俺、嫌われてるかと思ってたよ」
「嫌いだなんて、と、とんでもないです」
「経理部は希望していた部署?」
「はい。日商簿記一級の資格もっていましたので」
「すごいじゃない。ゆくゆくは税理士になるとか?」
「勉強はしています。でも今の会社が好きなので、ずっといると思います」
「そうだね。女性で独立開業している税理士さんは少ないからなぁ。顧客を獲得するのは大変だもの」
「課長は英検一級の資格おもちだそうですね?」
「うん、それが悩みの種でもあるんだ。実は面と向かって外国人と話せない性分でさ。外国人ってさ、相手の目を見て話さないと嫌がるんだよ。怒るんだよ。俺、それができなくってさ」
「心の問題だと思います」
「そう。心の問題なんだ」
「では、来週の月曜日、ニューヨークからCEOがが参られる時、課長が通訳されると聞いていますが、大丈夫なのですか?」
「ええっ? 来週? 今日じゃないの?」
「ええ、今日の予定だったのですけれど、CEOの都合で来週になったそうです」
「!」

       *

「よう、鈴木ぃ、どうだ? あの病気屋はよく効くだろうがよっ」
「効いたけど、全部無駄になった」
「CEOの来日が延期になったことでか?」
「ああ。本当にわがままな奴だな」
「で、どうするよ? また病気屋に駆け込む気か?」
「また頼んで再びドタキャンされると思うと金がもったいない」
「でも来たらどうする?」
「いいこと考えた。来週までに通訳に経理の基礎的な勉強させておく」
「な~るほどな。逆転の発想ってやつかぁ」
「そう。最初からそうすればよかった。無駄に三万円使ってしまったよ」
「全部無駄じゃなかったんじゃないのか?」
「どういう意味?」
「聞いたぞ。例の好き避けの、稲垣好恵が見舞いにいったそうだなあ?」
「ああ、来た。夕食を作ってくれた。俺が嫌われていたと感じたのは気のせいだったようだ」
「好き避けだって言っただろうがよっ? でなければ食事作ったりしねぇよ」
「そうかもな」
「それで、したのか?」
「何を?」
「何をって、男と女が同じ部屋にいて、することはひとつだろうがよっ」
「体調が悪かったから、それどころじゃなかったよ」
「そうか。まぁ、あとは時間の問題だな」
「眠いから、もう切るぞ」
「ああ、わかった。おやすみさん」
「電話ありがとうな」
「どういたしまして」



       *

「お呼びでしょうか、鈴木課長」
「ああ、稲垣くん、例の後藤通訳まだ出社してないのか? もうじきCEOが到着するというのに」
「それが、あのぉ、申し上げにくいのですけれど、本日熱を出して欠勤すると先ほど連絡がまいりました」
「なにぃ? なんてタイミングの悪い!」
「それから、鈴木課長、内線一番にお電話でございます」
「今でる。はい、あ、社長! はい。五分後CEOが支社ビル前にご到着? はい。全員でお出迎えですね? はい、すぐにまいります。はい。わかりました。あの、ちなみに、会社通訳の後藤氏は本日欠勤だそうですが、代わりに誰が?
はい? 俺、いえ、私がやるのですか? え? もうひとりの通訳も欠勤? そんな! フリーの通訳を都合する時間がない? ごもっともで。ですが、私は、そのぉ、はい、確かに英検一級の資格はありますが。もしもし、もしもし? 電話きれちまった。まいったなぁ。どうするよ」
「とにかく一階ロビーに参りましょう。なんとかなりますよ、課長」
「稲垣くん、なんともならなかったら、俺、辞表を書くことになるかも」
「大丈夫ですよ。きっと。それに、もしそうなったらわたしも会社辞めますから。ふたりで経営コンサルタント会社起業しましょう」
「ははは、ありがとう。そうだな。もう悩んでいる暇もない。度胸を決めて行くとするか」
「はい」

       *

「Hello, everybody! I am Peter Fortescue Maximillion.」
「I,I,I…」
「Forgive me for a rude question, but do you really speak English?」
「I,I,I やっぱり駄目です。社長…。私にはできません」
「き、君、今頃になってそんなこと言われても困るよ。だ、誰か、この中に英語のできる人間はいないかね? おお、君がやってくれるのか? ――って、君は誰だ? 初めて見る顔だが」
「稲垣君、どうしてここへ?」
「わたし課長のお役に立ちたくって」
「と、とにかく頼むよ」
「はい。Am, How do you do? We are very happy today. Thank you for coming here all the way from New York. I will work as the interpreter, Yoshie Inagaki .
Please feel free to ask me whenever you want.」

       *

「おう、今電話いいのか?」
「ああ、今寝酒やってるところだ」
「通訳はうまくいったのか?」
「全然」
「まさかボディランゲージだけで乗り切ったとかか?」
「いや、例の稲垣好恵くんが、代わりを務めてくれたんで助かった」
「へぇ?」
「いや、彼女な、十歳までアメリカのロサンジェルスにいたんだとさ」
「ああ、それならペラペラなわけだ。経理にも詳しいし」
「申し分なかった。社長の俺に対する評価は下がったと思うがな」
「お前ところで声が変だぞ」
「体調が悪くて」
「夏風邪は治ったんだよな?」
「うん。しかし、眠れないし、微熱があるし、食欲もない」
「はは~ん、わかった。それは恋の病ってやつだな」
「恋? あ、ああ、そうかもしれないな。俺、あの人に惚れてしまったのかもしれないなぁ」
「いいじゃねぇかよ。朴念仁鈴木課長、それでいいんだよ。極めて正常だ」
「俺、どうしたらいい?」
「簡単だよ。貴様の胸の想いを直接相手に伝えればいい」
「直接? そ、それは無理だと思う」
「なにが無理だ。さ、とにかく俺様で練習してみろ。愛を告白してみろ」

「わ、わかった。I, I ,…I love you… Peter.」

「そっちかぁ!」

                     おしまい