こんにちは

 

 本日も創作落語でお楽しみいただけたら幸いです。

 

 今回ちと長くなりそうなので前後編にわけました。

 

 連続創作落語 つなよし その13前編

 あらすじ

  元禄時代江戸の町に大山庵なる犬医者がおりました。その助手三吉は女房藍と仲睦まじく暮らしておりますが子供に恵まれません。が、つなよし というぼた餅好きな犬を飼っております。この犬上州のやくざ者常五郎が三吉に売り渡したのでございますが、なかなかの忠犬にて三吉や常五郎の命を何度か救っております。

 

              *

 

  え~まいど馬鹿馬鹿しいお笑いに一席おつきあい願います。
 火事と喧嘩は江戸の華と申します。
 現代では喧嘩などそうしょっちゅう目にすることはございませんが、江戸時代は日常茶飯事だったそうでございます。
 そしてそこには暗黙のルールがあったようで、すなわち、首から上を殴らないこと、仲裁が入ったらその仲裁人の顔を立てて喧嘩をおさめること、でございます。
 そこいくと現代はいけませんな。
 頭こそ殴る、仲裁に入った者にも「すっこんでろ!」と容赦ない。
 こないだわたくし電車内でタバコを吸っている若者を見まして、しかもシルバーシートで。その若者の前で吊革につかまっているお年寄りが注意しましたところ、「うっせーよ、じじい、これは副流煙ゼロの電子タバコなんだよ」と受け付けません。わたくし頭にきて、強めの口調で言いました。「君、せめて老人に席を代わってあげなさい」……と言ってきてくださいと隣の強そうな男性に。
 その強そうな男性、若者のところへ行きまして言いました。
「君、せめて老人に席を代わってあげなさい」
 すると老人が申し訳なさそうに答えます。
「すいません、孫が迷惑をおかけして」
「! お孫さんでしたか?」
「はい。でもわしは立ってる方が足腰が鍛わるんで、これでええんです」
「そーだよ、じじいはよ、寝たきりにならんようにその方がええんやわ」
「君も若いんだから立って身体を鍛えたまえ」
「いや、オレ障害者なんやわ。ほれ」
 若者は義足をちらりと見せました。
 強そうな男性、申し訳なさそうに謝罪しておりましたが、まったく早とちりな男性でございますな。

        *

 元禄時代、ある貧乏長屋に住んでいる犬医者大山庵の助手三吉とその女房藍が狭い部屋で朝食をとっております。
「あ、そうだ、あんた、お隣にご浪人様がこしていらしたわよ」
「浪人に、ご、なんてつけねぇでいい。どんな感じの人でぇ?」
「えっと、まだちょっと挨拶しただけだけど、背が高くて、日に焼けてて逞しい人よ」
「ふうん、悪りぃ男でなけりゃいいがなぁ。こんな貧乏長屋にこしてくるんだ。あまり善い男じゃあるめぇ。よくて強請たかりってとこだな」
「あんた、そりゃ言いすぎだよ」
 どんどんどん
「はーい。どなたさまで?」
「朝から失礼いたします。それがし、隣に越してきた者で、ごあいさつにとうかがいました」
「早速来やがったな。ゆすりたかりが。米かせ、味噌かせ、金をかせってな」
「あんた、言いすぎだって。どうぞおはいりください」
「失礼します」
 浪人は背が高く、頭を少し下げるように入ってまいりました。
「それがし、隣に越してきた中山安兵衛と申します。以後よしなに。これは手土産でござる」
 と浪人酒徳利を藍に手渡しました。
「まぁ、これはごていねいにありがとうございます」
「安兵衛、中山、ってぇと、あの高田馬場の仇討のかい?」
「いや、お恥ずかしい。その安兵衛です」
「まぁ」
「すげぇ人が越してきたね、こりゃ。はー、田にしたもんだよ田舎の小便」
「以後よろしくおつきあいを願いますぞ」
「こちらこそよろしくお願いしますわ。こんな強い方がいてくだされば長屋も安心です」
「さだめし長屋の用心棒ってところだな」
「いえいえ。自分の身を守るくるいが関の山で」
「いいねぇ、謙虚で。常ごぼうに聞かせてやりてぇよ」
「常ごぼう……とは?」
「いやぁ、ろくでもねぇ男でね。やくざです。忘れてくだせぇ」
「あんた、常五郎さん、今じゃ立派な庄屋さんだよ」
「そうだったっけ? まぁ地獄に落ちるような奴はろくなやつじゃねぇ」
「あんただって地獄に落ちたんじゃないの」
「あれはよぉ、閻魔様の手違いだって」
 わんわんわん
 突然つなよしが凄い剣幕で吠え始めました。
「お犬様ですな。お家の中で飼っているのですかな? 口の周りに何か黒いものがついておりますぞ」
「これは、つなよし、っていいまして。うるせぇんだよ、ご浪人様に対して。挨拶しな、ほれ。ええ、これがまたぼた餅に目がなくって」
「犬がぼた餅を、食べると?」
「へぇ。そうなんで」
「変わった犬ですなぁ」
「これでなかなか忠犬でして。こないだもね、俺が奉行所で百叩きされてるときかばってくれました」
「ああ、その噂聞きました」
「あんた、お使い頼まれてくれない? お酒だけあってもさ。酒の肴買ってきておくれよ」
「え? 俺飲んでもいいのかい?」
「そりゃあね、せっかくお酒をいただいたんだから、特別に今夜は飲んでもいいわよ」
「ありがてぇ。それじゃあちょっと町まで出かけてくらぁ」
「拙者もついて行ってよろしいかな? お犬様にも嫌われているようだし。それに町で商売をしないといけませんのでな。道々話をしながらでも」
「ええ、いいでやすとも。お藍、じゃあな」
「気をつけていっといで、お前さん」

       *

「綺麗な奥方ですなぁ」
 三吉と安兵衛が酒肴を求めに町に出ております。
「俺にはもってぇねぇよくできた女房です」
「お酒を断たれていたのでしたら、申し訳ござらぬ。至らぬことをしました」
「いえね、断ってたわけじゃねぇんです。実は女房はね、酒が嫌いで。ガキの頃父親が酔いどれで貧乏したからでやしょう」
「いやぁ、拙者は無類の酒好きでして、耳が痛いですなぁ」
「実はあっしも。こっちの方はどうです?」
 三吉が右手の小指を立てます。
「好きなのですが、女はこの風体を見て寄ってまいりません」
「どうです? こんど一緒に吉原に行くってのは。お近づきのしるしに」
「残念ですが年中手元不如意でござる」
「お足のことなら心配ご無用で。実はある呉服屋との約束で吉原通い放題ってことになってるんでやす、お金はあっちもち」
「それはいいですなぁ。是非お誘いくだされ」
「町で商売とおっしゃりましたが、ご商売は何を?」
「んまぁ……ゆすりたかり、ってところでござるよ」
「またまたご冗談を」
「いや、そんなようなものでござる。ときに、あの犬は、どこか拙者を嫌っておりましたな」
「好き嫌いは誰にでもありまさぁ。気にしねぇでくだせぇ」
「殺気を含んだ吠え方でござったが。今にも咬みつきそうな勢いで」
「はぁ」
「拙者は酒、女の次に犬好きで、犬にああまで吠えられた覚えがござらぬ」
「つなよしも吠える犬じゃねぇんですがねぇ。あ、そうそう、前にね、木村兄弟って旗本に対して、あんな感じで吠えてましたぜ」
「あの、嫌われ者の旗本兄弟でござるか。ふ~む。ひょっとして拙者の刀を嫌ったのかもしれぬ」
「といいますと?」
「この刀の血の臭いに」
「ああ、木村兄弟も一度や二度人を斬ったことあるでしょうからねぇ。あ、でも常ごぼうには懐いていやしたぜ」
「常ごぼうとはやくざ者でござったかな?」
「へぇ。人を斬ったこともあるそうで」
「では侍が嫌いなのであろう」
「なるほどねぇ。そうそうそう、安兵衛さんは、みみずいちじく、って侍ご存じで?」
「なんだ、それは人の名か? ああ、ひょっとして清水一学か?」
「それそれ、一学。あの方はなんでも道場で安兵衛さんと三本試合って二本とったとか。本当ですかい?」
「よく知っているな。それは本当だ。ただし、あの折り拙者は酒が入ってなかった。酔っていれば三本のうち三本拙者がとったであろうな。はっはっはっ」
「じゃ、高田馬場では?」
「もちろん酩酊しておった」
「つまり酔ってねぇときは弱いから負ける。そういうことですかい?」
「まぁ、そういう塩梅だ。人呼んで飲んべ安だ」
「でね、その一学いう侍には吠えてませんでした」
「あれはもともと侍ではないからだろう。人を斬るような男でもないし」
「そうなんで?」
「うむ。もとは百姓の子であったそうだが武家の養子となったらしい」
「あ、それと常ごぼうから聞いた話ですが、柳沢吉保ってご存じで?」
「将軍の側近中の側近だ。それがなにか?」
「いえね、常ごぼうがね、生意気にその方に直訴したんでやす」
「なに? 柳沢様に直訴? 命知らずというかなんというか」
「それがね、常ごぼうの代わりに、つなよしが口に書状をくわえて柳沢に届けたそうでやすよ」
「ほう?」
「でね、つまり、つなよしは柳沢には吠えなかったわけでしょう?」
「うむ。実は柳沢吉保様は将軍様の身の回りの世話係、お小姓あがりだ。誠の武士とは言い難い」
「そうなんでやすか」
「つまり三吉殿のお犬様はどうやら真の侍が嫌いなようだな」
「なるほどねぇ。おや、なんだ、喧嘩か?」
 その時往来で二人の侍と旅姿の町人がなにやらもめておりました。
「喧嘩か、ちょうどよい」
「ありゃ常ごぼうと、木村兄弟じゃねぇかよ!」

       後編へつづく