こんにちは。

 

 本日も読んでいただければ幸いです。

 また落語はいっています。好きなんです。そういうの。(笑)

 

牛さん創作短編小説劇場 第四幕

 「雨降りの仇討ち」

 え~まいどばかばかしいお話に一席おつきあいを願います。

 地震雷火事親父。人間には怖いものが一つはございますものですが、まぁ人間一番怖いのは死ぬことですな。前世の死の記憶がどうかすると残っているのかもしれません。高所恐怖症の人は高いところから落ちて亡くなった。尖端恐怖症の人は刃物で殺されたとかでございます。
 わたくしなんぞは海の底がとても怖い。どうしてか悩んでおりましたら、先日前世占いをしていただきわかりました。わたくしは前世海賊だったそうでございます。ああ、なにかあって海に落ちて死んだんだ、と納得いたしました。
 わたくしの友人に女が怖いという男がおります。とくに女とハグするのが猛烈に怖いそうですが、どうやって前世に亡くなったか、わたくしには見当もつきません……。

 え~のん気者のわたくしの弟、サラリーマンやっておりますが、彼の一番の恐怖は上司でございまして、この間愚痴を聞かされました。
「まいったよ。課長が夢に出てきて、俺に小言をいうんだが、逃げられねぇ」
「まぁ夢だからな。でも夢だからよかったじゃないか。目が覚めれば解放される」
「それがさ、夢から覚めたら課長が目の前にいて、仕事中に寝るんじゃないって、また延々と怒られた」

 馬鹿な話もあったもので。

       *

「やっと見つけたぞ」
 美作三十郎が自分の尾張藩勘定役であった父を斬り脱藩した仇に、やっと出会えたのは全くの偶然であった。
 三十郎が泊まった旅籠の隣で飯盛り女と戯れる仇の声を三十郎がよもや忘れるはずはない。障子を蹴破って三十郎がおっとり刀で勇み踏み込む。
 女は悲鳴を上げて裸のまま逃げ出したが、仇は平然と胡坐姿のまま酒が注がれた杯を飲み干して言う。
「よお、坊主、久しぶりだな」
「父の仇、藤堂畝理、尋常に勝負しろっ!」
「ふん。威勢だけいいのは相変らずだな。仇討ち免許状は持参しているのであろうな?」
「もちろんだ。懐に忍ばせてある」
「いなくてもよいのだが立会人は?」
「それは……まだだ」
「では改めて出直してこい。お前が勝つにせよ負けるにせよ見届ける者がいた方がよかろう。俺は逃げも隠れもせん。この先の地獄谷一家で用心棒めいたことをしておる。決闘の場所と時刻、立会人が決まったら知らせろ」
「承知」
 三十郎は畝理の言い分を飲んだ。それは畝理が逃げないとわかっているからだ。畝理は尾張藩剣術指南を勤めていた。三十郎が如何に剣の修行に励んでも太刀打ちできないくらいの腕の差がある。畝理は三十郎を返り討ちにすると見くびっている故に逃げるわけがないのだ。

       *

 仇討ちが見事成就した暁には帰参して父の役目を継ぐことができる。だが三十郎は畝理に勝てるとは考えていない。最初から刺し違える覚悟である。そういう特殊な稽古を日夜積み重ねてきた三十郎である。畝理は上段に振りかぶり、相手の左肩から右腋への袈裟懸けが得意。対して三十郎はその一太刀をわざと食らいつつ突きで畝理の胸を狙う作戦だ。
 しかし一瞬で絶命して果てるやもしれない。だが猫を捕らえるほど三十郎の速駆けは尾張藩でも抜きん出ていた。三十郎は相手との距離をおき、加速をつけて突きの姿勢のまま飛び込めば、その勢いをもってして必ず目的は達せられると考えていた。

「さて立会人をどうするか。場所はこのあたりでよかろう」
 三十郎は決闘を予定する草原を下見しつつ独り言。草原と表現したがかつては畑であったと思われる。あちこちに大根などの野菜が生え残っているからだ。

「固すぎず柔らかすぎず。走るのには好都合だ」

 厳しく悪を憎み正直怒られてばかりで、あまり好感を持てる父ではなかったが、殺されて敵に礼を述べるほど大嫌いでもなかった。父というものは死んでからその偉大さがわかるものなのだ。三十郎は最近ひしひしとその気持ちが大きく増しつつある。

「おいらじゃ駄目かい? 一度仇討ちの立会人とやらをやってみたかったんだ」
 突然三十郎の後ろから返答が飛んできた。
「お前が? しかし、童ではないか?」
 見れば破れ唐傘を被った子供である。
「子供は立会人になれないのかい?」
「そういう決まりがあるわけではないが。待て、何故拙者が仇討ちをすると知っている? まさか畝理の手の者か?」
「おいら達妖怪は人の心が読めるからね。おいら雨降り小僧っていうんだ」
「…………。ふふふ。あははは。よかろう。よい冥途の土産になりそうだ。では小僧に立会人をお願いしよう。よしなに」
 つまり雨降り小僧に、三十郎が自決しようとしていることは知られてしまっているわけだ。
「うん」
「さて時刻はいつにするべきや」
「おいら申の刻が都合いいんだけどな」
「ではそうしよう」
 三十郎はその旨地獄谷一家の用心棒に告げ、畝理に異存はなかった。

       *

 夏の頃、申の刻は本来まだ蒸し暑いはずが曇天のお陰で幾分涼やかである。
「童の立会人とはな。それで助太刀は?」
「無用」
「ふん。大きくでたな。勝つつもりか?」
「いざ」
 三十郎は畝理から大きく離れて突きの姿勢をとる。畝理は三十郎の目論見通り上段の構え。
 そして三十郎が死出の旅の第一歩を踏み出さんとした、その時大粒の雨が地面を叩き始める。驟雨。地面は瞬く間に泥沼へと変化した。
「まずい。この泥濘では思うように走れぬ」
 三十郎は歯噛みをしたが時すでに遅し。さらに悪い事に、畝理が焦れて三十郎の方へと近づいてきたのである。
「いかん。このままでは無駄死にだ」
 しかも三十郎は後退しようとして石に躓き転んでしまう。あわやこれまでかと三十郎が観念した時俄かに雷鳴が轟く。

どどどどどーん

 次の瞬間三十郎は見た。父の仇がこげた臭いを放ち地面に伏しているのを。稲妻が上段に振りかぶった畝理に直撃したのだ。雷はより高い場所に落ちるのが理。草原に奴の刀の切っ先以上に高い場所がなかったのが幸い。

「よかったね、あんちゃん」

「そうか! 雨降り小僧、この夕立はお前が呼んでくれたんだな」

「いや、天にいるあんちゃんの父上が手を貸してくれたんだよ。親父ってのは雷を落とすもんだ」

 

            おしまい