こんにちは。

 

 新しいコンテンツ始めます。

 病気屋のおばあさん は会話文だけの小説ですが、こちらは普通の短編小説です。

 読んでいただければ嬉しいです。

 

 第一回目はやはり本日バレンタインデーにちなんで書きました。

 大好きな人を想って書いてみました。

 ラブ

 

 創作短編劇場 第一幕

 「俺の特技は幽体離脱?」

 

 

 え~毎度ばかばかしいお話に一席おつきあい願います。

 俗に、恋に師匠なし、と申しますが、恋愛事というものは先生に教わるものではございませんで、いつのまにやら身につけているものでございます。
 わたくしの小学六年生の甥っ子、普段は陽気にはしゃいでばかりなのですけれども、バレンタインデー一週間前から鬱状態になりました。それでわたくしが慰めてあげたのですが。
「大丈夫だって、誰か一人はチョコレートくれるって。悩まない悩まない」
 甥っ子答えて曰く。
「違うよ。どうやって興味のない女の子からもらったチョコレート断れるか考えていたんだ。おじさん、いい方法知らない?」
 小学生のくせにそんなにモテるのでしょうか? わたくし自慢ではありませんが、女性からもらえる物ならばゴミですら辞退したことがございません。逆に質問したくなりました。
「そんなにモテるの? いいなぁ~。おじさんにモテるコツ教えて」
「そうねぇ、まぁ自然体でいることだね。ガツガツしてたらダメ。女の子は逃げていくからさ」
「はぁ~、おじさん、何十年自然体でいるんだけどちっともモテないよ」
「大丈夫だよ、割れ鍋に綴じ蓋、蓼食う虫も好き好き、人生に必ず一回は赤い糸で結ばれた女性が現われるからさ。グッドラック」
 逆に励まされてしまいました。

       *

 俺には特技がある。
 一日前にタイムスリップできる特技。
 それに気づいたのは小学生の授業中、低血圧で失神した時だ。
 始めは夢かと思った。魂が肉体を抜け出し空中に浮遊して、それから針の穴のような極小のトンネルに吸い込まれるように感じたその直後、俺はふわふわと教室の天井付近から授業を眺めていた。クラスのみんながいて、先生がいて、なんと俺自身も椅子に腰かけてノートに何やら書いていた。さっき失神したはずなのに変だな、と考えて、やはりこれは夢の中の出来事だと思った。黒板を見ると理科の授業だった。俺が失神した時確かに国語の授業だったから、これが現実でないことに確信が及んだ。ただしその理科の授業の内容は昨日自分が受けたものと酷似していたのが不思議と言えば不思議だった。
 意識が戻ると俺は床に寝そべっていて、目の前に心配そうな先生とクラスメートの顔が円状に取り囲んでいた。
  俺は生来低血圧体質で、この後も意識を失う事態に陥ることしばしば。で、現在に至るわけだが、二度目の失神時、俺が一日前に時間移動することが絶対的な事実である、と結論に至る。高校の受験勉強をしていた俺は自室で失神。気づくとやはり小さな小さな穴を抜けて自室に浮かんでいた。俺はテレビゲームに興じている俺を漠然と俯瞰して見ていたが、そのゲーム内容はRPGで中ボスをクリアしたところ。その倒し方、コマンド入力方法は俺の記憶に完全に合致していた。ふと室内の電子時計に目をやると、デジタルは昨日の日付で失神する直前の時間十時二十三分を示していた。
  夢は記憶を整理している時間なのだという説があるそうだ。しかしこうまで現実に昨日あったことが詳細に再現されるものだろうか? だって記憶の七割は忘れてしまうはずだから。そしてあの穴は一体何?
  俺は高校に合格した後いろいろ本やネットで調べてみて、結果、あの穴はワームホールではないかと信じるようになった。ワームホールはタイムスリップの仮説の中で説かれる過去へ移動できる異次元トンネルである。しかし穴はとても小さく通り抜けることは出来ないとされているし、どこに発生するかはわからない、とも。
  仮説の上に立った仮説だが、他人から気が変になったと噂されるのを恐れず言えば、俺は失神時魂が幽体離脱して空中に浮きあがり、偶然発生したそのワームホールに吸い込まれるのだと推定。霊魂に質量は無い。とすれば、その穴がどんなに小さくとも通り抜けられると。ただし時間旅行の旅は二分ほどと短い。また自分が選んだ過去に行けるわけでもないから、決して遠足みたいに愉快なものではないだろうが。

       *

 大学卒業後、特技 タイムスリップ と履歴書に書かなかったお陰で俺は地元の二流どころの商社に就職が叶った。
 営業三課ネットセールス部門に配属された俺は二年間課長の叱責に耐えつつなんとか業務をこなしている。課長渋谷 哲(しぶたに てつ)は俺が大嫌いらしく褒められたことがない。ただでさえ、お客様の苦情担当であるのでストレスが溜まるが同じ課の同期のOL山井来 真夜(やまいらい まよ)にほのかな恋心を抱いて、それが俺の砂漠のオアシスとなっている。
 彼女は帰国子女らしく十五歳までヨーロッパで暮らしていたというが流ちょうな日本語で俺の耳を楽しませる。声が美しいのだ。そしてその瞳は小さく細いものの、俺のデスクの斜め前で仕事する彼女と目線が合う度に微笑みが控えめに添えられて、俺を極楽気分にさせてくれる。
 よく目が合うのは好意サインだとネットで読んだ。目が合うということは、彼女も俺を見ていてくれるわけなのだから。その他俺と彼女が話すとき、彼女はかなり俺のそばにまで近寄ってくる。両手をのばせば彼女を抱きしめられるくらいに。人にはパーソナルスペースというものが存在し、距離が近ければ近いほど彼女が俺に好意を寄せているという証になる、と俺が主張すると同じ課の悪友は言う。
「彼女はさ、誰と話す時でもかなり接近してくるのさ。お前の気のせい」
 そして付け加える。
「そんなに好きなら、今度昼食いっしょに食べませんかと誘ってみな」
 山井来真夜、営業三課のほとんどが昼は外食するというのに、いつも昼食はお手製弁当である。弁当所持の女性に対してそれはあまり有効な誘い掛けではないかもしれないが、一応試してみることにしたのは、彼女がどんな反応をするのか知りたかったからである。

「あの、今日の昼、よければ、そのぉ、一緒に外で食べない?」
「え? いいんですか? 喜んで」
 期待以上の明るい返事が彼女の唇から飛び出したのがいけなかったのかもしれない。俺の持病がすぐに発動した。

 俺の魂は件の窮屈な小穴を通過して前日の昼休みの会社内にいた。そこで俺は信じられない事態を目撃。山井来真夜と営業三課課長渋谷哲が抱き合いキスをしている現場を見てしまったのだった。
 俺の本体は既に卒倒しているわけだが、この俺の魂も気絶してしまいそうな絶望感に苛まれ、今にも風船に棘が刺さったが如く破裂してしまいそうだった。
「渋谷の奴、彼女の父親くらいの年齢のくせに、それに、あいつは妻帯者だろう? これは不倫ってやつか。道徳心の薄い奴。真夜さんも真夜さんだ。あんなオヤジでいいのか? 女ってわからない」
 そうこうしているうちに俺は現実に引き戻される。目の前に山井来真夜さんが心配そうに俺を介抱していてくれていたのだが、悲しいことに俺はもうその彼女の行為が親切ごかしにしか思われなかった。頭の中で諸行無常の鐘の音がうるさく鳴り響く。


       *

 年が明けて二月十四日バレンタインデー。俺は山井来真夜からのチョコレートを受け取らないことに決めていた。昨年彼女は同じ課の男性全員に義理チョコを配っていたからである。が、心配は杞憂だった。何故なら彼女から義理チョコさえもらえなかったのである。これは自分の望んだ結果なので本来なら喜ぶべきところ、かなりショックだった。それは俺がまだ彼女に未練たらたらであることの証明。
 嫌われた。嫌われた。嫌われた。それも手ひどく。手ひどく、手ひどく。間違いなく背景にあるものは、俺があの事件以来彼女に冷たく接していたからだろう。俺の足は棒になり頭は豆腐になり心はコンニャクと化し、その夕方一人暮らしのアパートに帰宅して、即ガスの元栓をひねりたいほどであったのは言い過ぎではない。
 その時はやく、その時遅くドアのチャイムが鳴った。
 体は動くことを拒否したが、郵便局で~す、の声に仕方なく体に鞭打つ。
「期日指定郵便です」
 小さな小包。差出人はなんと山井来真夜である。
 もしやと思い手でむしるように包装紙を破く。中身は案の定手作りのハート型チョコレート。メッセージカードがあり、義理チョコではありません、と書かれてある。そして電話番号。その番号は会社が社員に支給する社用携帯電話番号ではない。俺は彼女の社用携帯電話番号と照合して異なることを確認。つまりこれは彼女のプライベートな番号ということになる。
 彼女は俺を好きなのか? じゃあ課長と二股かけているのか? もしそうなら図々しい女だな。俺はしかし内心嬉しくてしかたなかった。彼女が二人の男性を好きになっていたとしても、俺は最低五十パーセント彼女の心を占有しているのだから。
 すぐに電話する、とスマホを手にして悩むこと三十分。いかにも女性に飢えていますと思われはしないだろうか。事実そうなのだが。そうこうしているうちにコールがあった。
「はい」
「あ、山井来です。今電話いい?」
「う、うん。チョコ届いた。ありがとう。嬉しいよ」
「そう、よかった。私もうれしい。拒否られるかと心配だったの」
「お、俺、今年は誰からももらえなくって。落ち込んでた」
「そうなの?」
「非モテだから。イケメンじゃないし頭もよくないし、背も高くない」
「そんなのたいした問題じゃないわ。私、好きになった男性が私のタイプだからさ」
「で、でも、君にはもっとふさわしい男がいるんじゃないのかい? たとえば、たとえばぁ、うちの課の渋谷課長とか」
 俺は鎌をかけてみたのだ。
「やだぁっ、パパは好きだけど、パパと結婚は出来ないでしょう?」
「パパ?」
「そうよ、あ、これ課のみんなには内緒よ。あたし縁故で入社できたとか思われたくないもの」
「で、でも名字が違うじゃない?」
「ふふふ、何言ってるの。夫婦別姓なんて今は当たり前でしょう? 私母方の姓名乗っているの」
 なるほど。そういえばそうだな。それに課長の目の細いところ、感じ彼女に似ているなぁ。そしてあのシーンを思い出した。ヨーロッパ育ちなら家族間でハグやキスも当たり前。今から思えば唇を重ねたように見えたのは、角度的錯覚、単なるチークキスだったのかもしれない。
「俺の電話番号パパに教えてもらったんだね?」
「うん。パパ君に凄く期待しているのよ」
「叱られてばっかりだけど」
「そうそう。最初はPCのブラインドタッチもろくろく出来なかったし、zipファイルの解凍もできなかった。それが今では課一番のPC通だって褒めてたわよ」
 そ、そうか。叱られるのは期待の裏返しだったのか。そう思えばもう課長から憎悪のイメージが消えた。でもあれが将来自分の義理の父親になるかと思うとしんどいなぁ。
「明日のお昼外で一緒に食べようか?」
「お弁当作っていくよ。一緒に食べよ」
「ありがとう。あ、でも課長もいつも弁当だよね。なんか気まずくね?」
「ついでだから明日パパに紹介するよ。私彼と交際しますって」
「反対されたらどうしよう?」

「大丈夫よ。恋に支障なし、ってね」

       おあとがよろしいようで

 

 

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