こんにちは。

 

 本日は事八日です。

 なんじゃそれ? と思われた方この話を読んでいただければ幸甚です。

 

連続創作落語「つなよし」その6

前回までのあらすじ

 将軍徳川綱吉の治世、江戸の町に大山庵という犬専門の医師がおりました。

 その助手三吉は縁あって茶屋娘藍と婚姻の運びとなりました。

 この三吉の飼い犬の名前が「つなよし」。

 このつなよし、忠犬でありまして好物がぼた餅という変わりもの。

 無宿渡世の常五郎が三吉に売りに来たのがそもそもの始まり。

 謎を秘めた犬でございます。

 

 

 え~まいどばかばかしいお笑いに一席おつきあい願います。

 幽霊を見た、と言いますと、みな感心しますな。
 ああこの人には特別な才能があるんだと。
 しかし妖怪を見た、と言いますと、みな引いてしまいます。
 現代ではなぜかそうなのでございますが、これが江戸時代となると全く様相が異なりまして、天狗、河童、狐狸が化けるのは当たり前のことでした。
 むしろ俺は妖怪なんて信じないという方のほうが少なかったのであります。
 そういう時代のお話でございます。

       *

 徳川綱吉の治世お江戸に大山庵という犬医者がおりまして、そこに三吉という男が助手として勤めております。
 その三吉縁あって今度嫁をもらうという運びとなりました。
 仲人は大山庵でございます。
「犬先生、遅くなりましてすいやせん」
「おお、来たか来たか。ん? どうした、ほっぺたを押さえたりして」
「へぇ、出がけにね、歯が痛かったもんで」
「虫歯かね?」
「へぇ、たぶん」
「全部抜いてしまいなさい。いい歯も悪い歯も全部。そうすれば二度と虫歯にならない」
「ひでぇや。その考えでいくと、頭痛持ちの人は頭を抜いてしまえばいいってわけで?」
「そうそう、二度と頭痛に悩まされない」
「先生昨日二の腕が痛いとおっしゃっていましたが、腕抜きますかい?」
「いやいやこれはね、二の腕の産毛が痛かっただけだから。昨日毛抜きで抜いておいた」
「冗談言っちゃいけねぇや。毛なんて痛むもんかい。あ、ところで先生、表にざるが竿にかけてありましたが、ありゃなんのまねです?」
「知らんのかね? 今日は十二月八日だよ? 事八日だよ」
「十二月八日? 事八日? なんです、それ?」
「この日に山から一つ目小僧が下りてくるんだよ」
「なにしにです?」
「人間の暮らしぶりを検分しに来るんだよ。行儀よく暮らしているか、きれいに片づけているか、掃除はいきとどいているか、家に壊れたところはないか、などなど」
「暇なやつですねぇ。そんなの見てなんの得があるんです?」
「一つ目小僧は、人間の行状を帳面にしたためる。行状が悪いと、それを疫病神に渡し、疫病神はその人間を病気にするそうだ」
「はーん。それだと俺は病気ばっかりしてることにならぁ。家は壊れ放題汚れ放題だからねぇ」
「実際、この間犬に咬まれて化膿してひと月寝込んだだろう?」
「ありゃ先生が悪い。犬に咬まれたのは俺のせいじゃねぇよ」
「まぁまぁ、結局出会い茶屋の藍さんと結ばれることになったんだからよしとしよう」
「まぁそれはそうですがね。で、表のざるとなんの関係が?」
「ざるには目がたくさんあるだろう? 一つ目小僧はそれが嫌いだそうだ」
「魔除けですかい?」
「そう」
「確かにこの犬先生の家だって褒めらたもんじゃねぇ。薬やら道具やらちゃんと片づけねぇと足の踏み場もねぇ」
「これはこれでちゃんと片付いているんだよ。逆に整理整頓してしまったら、何がどこにあるかわからなくなるんだ」
「一つ目小僧にはその事情をわかってもらえねぇでしょうねぇ」
「そうなんだよ。それでざるを置いてさ」
「こうしやしょう。つなよしを番犬にして、その一つ目小僧が来たら、ぼた餅につけて食ってもらう」
「庚申の虫ならそれでいいけれど、一つ目小僧に、つなよしが食われてしまうかもしれないよ? 妖怪だから」
「ん~。じゃ一つ目小僧を家に引き入れてしまうってのは?」
「?」
「もてなすんです。奴を」
「つまり、帳面に手心を加えてもらうって寸法かい?」
「ご明察」
「それはいいね。しかし夜中に来るなら、私は寝てるだろうし」
「安心してくんなせぇ。俺と藍とつなよしで一つ目小僧をもてなしやすから」
「それはありがたい。いつもすまないね。あ、藍さんで思い出した。来年年明けそうそう祝言をあげる運びなんだがね、引き出物はなんにしようかと思案していてね。昆布か、あわびの干物かどちらがいいかね?」
「いえいえ、それにはおよびませんや。何もいりやせん」
「お前がもらうんじゃないよ。祝言に来た人にあげるんだよ。手配の都合もあるしさ、どちらにするか決めたら教えておくれ」
「へぇ。わかりやした」

      *

 その日夜も深まりまして山から里へ一つ目小僧が下りてまいりました。
「へっ、どこの家も玄関にざるを立てかけてやがる。そんなにオイラが嫌いかねぇ? 別に怖くなんかねぇってぇの。ざるなんてよぉ。おや? あの丘の家にはざるが見当たらないねぇ。まずここから覗いてやるか」
 もちろんそこは大山庵の本宅であります。
「わん」
「おやおや、なるほど、番犬かい? これでオイラが引き下がると思ったら大間違いだよ。山にはもっと怖いオオカミがいくらでもいるんだからね」
 家の中では三吉と藍が客を待ち構えております。
 愛犬つなよしの鳴き声が合図。
 一つ目小僧の目の前の玄関の引き戸がガラリと開く。
 驚いたのは一つ目小僧の方。
「どうも、ようこそいらっしゃいました」
「ああびっくりしたああぁ。妖怪を驚かすとはたいした野郎どもだ」
「ささ、中へ中へ。寒かったでしょう。むさくるしいところですが酒でも飲んでいってくだせぇ」
「オイラを待っていた? いやぁ、嬉しいねぇ。長いこと覗きしてるけどよ、歓迎されたのは初めてだぁ。オイラ怖くねぇの?」
「いいえ、怖いなんてとんでもありやせん。一つ目が怖くてヤツメウナギが食えるかってぇもんで」
「いいねぇ。じゃ、ちょっと失礼して熱いところをいただかせてもらいましょうかねぇ。オイラ酒には目がねぇ」


 奥の座敷に通された一つ目小僧、床の間の前の上席に座らされ、その横に藍が座しております。
「こいつが俺の女房になる藍と申しやす。手酌酒もなんですから、へへへ、女房に酒をつがさせていただきやす」
「おひとつどうぞ」
「そうかい。おっとっと。注ぎすぎ注ぎすぎ。こぼれっちまうよ。ん~いい酒だ。五臓六腑に染み渡るねぇ~」
「いい飲みっぷりだ。さすがは妖怪の大将一つ目小僧っ。よっ日本一っ! ささ、どんどんやってくんなせぇ」
「日本一なんてとんでもねぇが、ありがとさん。しかし、酒をおごっていただいて言うのもなんだけどさぁ、つまみが無いのは寂しくないかい?」
「こいつは気がつきやせんで。寿司がありますがいかがで?」
「いや、やわらけぇもんは駄目だ。できるだけ固いのがいいねぇ」
「固いもの? 酒のつまみで固いものってーと? めざし?」
「もっと固い物。鰹節あるかい?」
「ございますが、酒の合間に舐めるんで?」
「食うんだよ。馬鹿言っちゃいけないよぉ」
 そして藍がお勝手から鰹節を持ってまいりますと、さっそく一つ目小僧バリバリ丈夫な歯で食べ始めました。現在では削った鰹節を売っておりますが、もともとは固い塊でございます。
「いやぁ、ご立派な歯ですなぁ。これなら、つなよしも食われちまうところだった。くわばらくわばら」
「うん、いい鰹節だぁ。うんめぇ」
「ありがとうございやす」
「酒と肴と、あとなんか足りねぇな」
「といいますと?」
「盛り上がりってゆうか、酒ってのはね、楽しく飲まないと意味がない」
「なるほど。通ですねぇ。わかりやす、わかりやす。おい、藍、踊りでも見せてさしあげろ。いえね、うちの女房は昔茶屋の娘でしてね、多少の芸事は習っておりやすんで」
 藍が立ち上がり帯に挟んだ扇子を手にして自ら唄い踊りだした。
「梅は咲いたか 桜はまだかいな」
 ところが一つ目小僧怒ったように手を振る。
「そういうんじゃないんだよ。盛り上がりって言っただろう? こういう湿っぽいのはいけないよ」
「艶っぽいのはお嫌いで? そうですか。んじゃ、俺がかっぽれでも踊りますかい?」
「いいねぇ、かっぽれ。お願いするよ」
「わかりやした。素人踊りで申し訳ありませんが、ひとつお目汚して。あ、ほれ、かっぽれ かっぽれ ヨイトナ ヨイトナ」
「いいねぇ、いいねぇ、こーゆーのだよ、こーゆーの」
 一つ目小僧とても上機嫌になりました。
 上機嫌になったのはよいのですが、なかなか三吉の踊りを止めさせてもらえません。師走とはいえ暖かな日でございまして、なおかつ部屋には火鉢がふたつ備えられておりますから三吉汗だくになるのに時間はかかりません。
「まだ踊るんで? わかりやした。こうなりゃやけだ。着物なんて邪魔なもの脱いじまいましょう」
 つるりと裸になり手拭いでねじり鉢巻きをした三吉踊りにさらに熱がはいります。
「いいね、いいね、いいねぇ。あーっはっはっは。あははは、腹がよじれるぅ」
 一つ目小僧ときたら、ますます喜びのたうち回る。
 藍はというと両手で真っ赤になった顔を覆っている。
 三吉の腰は男性にしては柳腰で踊りにつれて褌がゆるんで落ちかかっている。
 さらに三吉がふと後ろを振り返ると、いつの間にやらつなよしが後ろ脚で立ち上がり三吉の真似をして踊っているではありませんか。


「いやぁ今宵は楽しかった。じゃ、オイラはこの辺で帰るからさ」
 さんざん素面で踊らされた三吉(酒は藍に禁止されている。)はくたくたになりながらも一つ目小僧にお願いします。
「あのぉ、帳面の方、よしなに」
「帳面って?」
「あるでしょう? 人間の悪行をしたためたやつ。疫病神に渡すやつ」
「疫病神? なんだそれ? オイラあの婆嫌いなんだ。気味悪いし」
「へ? じゃ、なにしに今夜来られたんです?」
「最初に言っただろう? 覗きに来たって」
「といいますと、つまり、なんですかい? 覗きが好きなだけ?」
「うん」

           *

「まったく、誰が言いふらしたのかねぇ? 帳面とか疫病神とか」
 三吉と大山庵が遅めの朝食のときに話し込んでおります。
「ほんとでさぁ。俺はくたびれ損の骨折りもうけでした」
「それを言うなら骨折り損のくたびれ儲けだろう? この味噌汁だしがきいてないねぇ」
「鰹節、一つ目小僧に食われてしまいやした」
「そうかい。あ、だしで思い出した。婚礼の引き出物の見本が朝一で届いてね、ちょっと見てもらおう。最初は伊勢から取り寄せた熨斗鮑だ。二つ目は蝦夷産の昆布だ。どちらがいいかねぇ?」
「じゃ、昆布にしておきやす」
「迷わずに決めたね? 確かに熨斗鮑の方が値が張るけどさ、お金は仲人の私が出すから遠慮しないでもいいんだよ? それともほかにわけがあるのかい?」

「ええ、一つ目はもうこりごりでさぁ」

        おあとがよろしいようで