こんにちは。

 

 今回は「つなよし」0ということで、その1の前のお話になります。

 

 このエピソード0は次以降のお話のためにどうしても挿入しないといけない、と思いまして急遽追加しました。

 

 したがって、ここから読んでいただいても問題ありません。

 

 また興味が出ましたなら最初から読んでみてくださいね。

 

連続創作落語「つなよし」その0

 

 時は江戸時代文化華やかなりし元禄の頃、博打の本場上州の百姓常五郎は父親とそりが合わず、ある晩その父親と喧嘩して家を飛び出し、それからはお定まり無宿渡世の人生が始まりました。
 常五郎、博徒としての才はあるほうでございますが、その日は賭けるサイコロ賭けるサイコロ裏目に出て、とうとう一文無し。
「へっ、こういう日もあるさ。たまには野宿ってのもおつなもんさ」
 途方に暮れながら常州(現在の茨城県)辺りを歩いていると、道端に地蔵がございます。
「地蔵さんよ。このオイラを哀れと思召してさ、どうか一両ばかり恵んでくんなせぇ」
 常五郎は元来信心深い性質でございます。それが邪な願い事であるにしても。
「お? いけねぇよ。犬助。地蔵に小便かけたらばちが当たるぜ?」
 祈る彼の隣に小さくはない犬が片足を上げております。
「ダメだって。やめろって。あん? どうしてもって言うんならオイラにひっかけな。え? かけるの? 遠慮ねぇやつだなぁ。しょうがねぇなぁ。ん? 何首に巻き付けてやがる。手拭いか? どれ。窮屈だろう? 今解いてやるからな。固いね。親の仇みたいにきつく縛ってやがる。おっと。よしよし。結び目が解けた。んあ? 何か落ちたぜ」
 そいつはまごうことなく小判であります。
「一両! 地蔵さん願いが叶ったよ。ありがとな。小便の身代わりになった甲斐があったってもんだ。ん? なんだ、犬助? 恨めしそうな顔しやがって。え? その手拭いの中に他に何かあるのか? おや、手紙だね。なんだよ。字が読めねぇと馬鹿にする気か? へん、残念でした。オイラの家は庄屋だったから字は読めるんだ。なになに、

 この犬の名前は つなよし です
 わけあって育てることが難しくなりました
 とても忠義心の強い犬ですので
 どなたかこの一両で養い親になってやってください
 おねがいいたします
 ちなみに つなよし の大好物は ぼた餅でございます

 へーぇ。まいったね。たかが犬一匹に一両つかうとはねぇ。おかげでこちとら今夜は野宿しなくてもすむぜ。ありがとな、犬助。いやさ、つなよし。じゃ、オイラは先を急ぐからよ。あん? ついてこなくていいんだよ。オイラはお前を飼ってやれないの。わかる? わかんねぇか。だから、ついてくるなってーの。しょうがねぇなぁ。お、あそこに一里塚があるね。ちょうどいい、あそこの松にこいつを縛り付けてやるか」
 つなよし松の根元に縄でくくられて寂しそうに、くんくんと鼻を鳴らします。
「悪く思うなよ。なぁに心配するなって。誰か犬好きが解いてくれるさ」

       *

 さて常五郎、懐暖か、にやにやしながら峠道を歩いておりますと、頂付近の切通しのところで彼を遮るように前方に、足軽装備の男が飛び出し両の手を大きく広げました。
「おっと、兄さん、懐の物を置いていきな。命まで取ろうとは言わねぇ」
「野伏(のぶせり)か。小判ってやつは匂いがするらしいな。どうにもそいつは蠅を呼び寄せたがるらしいぜ」
「置いてくのか置いてかねぇのか?」
「へっ、抜いたね? 刀を怖がってたら道中旅なんてしてられねぇよ。オイラだってやっとう(剣術)の稽古くらいしたことがあるし、ほれ、道中刺しの刀だって持ってらぁ」
「命がいらんか。是非もねぇな」
 常五郎が目の間の敵に対峙すると、後ろから声が。
「っへへへ、まさか野伏が一人だなんて思っていねぇよなぁ?」
「しまった。こいつはちとやっかいだぜ」
 前後から二人の野伏が間を縮める。
 道幅は狭い。
 同時に二人に切りかかられたら常五郎に勝ち目はない。
「しょうがねぇ。小判はあきらめる。だから命だけは助けてくれ」
「もう遅い。おめぇは生きてこの山を下りられねぇ」
「畜生。こうなりゃあお前らのどっちかと刺し違えて地獄への道連れにしてやらぁ。覚悟しろっ!」
 その時である。
 常五郎の後ろの野伏が悲鳴を上げた。
「ぐあああっ!」
 振り返る常五郎の目の端に、男の足首に食らいつくつなよしの姿。
「つなよし。ありがとよ」
 常五郎は眼前の男の左によけつつ野伏の脇腹を道中刺しで薙ぎ払う。
「うおおおっ!」
 昔は圧倒的に右利きの侍が多かった。
 それゆえに敵が向かって右に変化した場合対応が後手にまわる。
 常五郎は剣術の師匠からそれを学んでいたのだった。
「あばよ」
 野伏がどうと地面に音を立てて崩れ落ちる音を聞きながら、もう常五郎は脱兎のごとく坂道を駆け落ちていった。

       *

 山道が終わる頃、常五郎は後ろを振り返り振り返り歩いている。
「つなよしの奴、でぇじょうぶだったかな? 追いかけて来ねぇ。まさか野伏に切り殺されてしまったんじゃあるめぇなぁ? 一人はオイラが倒した。そして後ろの奴は犬に足首を咬まれたんだ。もうオイラを追いかけては来れねぇだろう。だが、つなよしは?」
 常五郎命の恩人が気になって気になって、とうとう踵を返す。
「つなよし、死ぬんじゃねぇぞぉ。オイラが行くまで生きていてくれ。いや、死んでいたにせよ。ちゃんと弔ってやらねぇとな」

 そして綱五郎がしばらく歩いて、とうとうつなよしに巡り合いました。
 つなよしは道の真ん中に静かに横たわっておりました。
「つなよしいっ! つなよしっ、オイラが悪かった。オイラが逃げたばっかりにおめぇは野伏にやられちまったのかぁ?」
 常五郎の双眸に涙が光る。
 刹那、つなよしが目を覚ましました。
  わんわんわん
 そして常五郎の周りを元気に跳ね回ります。
「なんでぇ、おめぇ、生きてたのか。道の真ん中で寝てただけかよぉ。心配させやがる。いや、心配なんてしてねぇぜ。お、オイラは、ちょっと、山の紅葉を見に来ただけさ。へっ」
 初夏の頃でございますから紅葉もへったくれもございません。
「江戸に行くとするかぁ。いやな、国のおっかあが霜焼けがひどくてな。いい薬でも買ってやりてぇんだ。それにな、命の恩人のおめぇにぼた餅を腹いっぱいくわせてやんねぇとなぁ」

       *

 江戸の町は当時世界一の人口を抱えていたと申します。
「すげぇ人の波だな、こりゃあ。上州とは大違いだぜ。お、あそこの菓子屋はぶりがよさそうじゃねぇか。よし、つなよし、あそこでぼた餅食わせてやるぜ」
 わん

「いらっしゃいませ。何か御用でございましたでしょうか?」
 店主は上から下から常五郎の恰好を値踏みしているようです。
「ボタ餅をあるったけくれ」
「あるだけ。今手元にあるのは十個だけでございますが」
「じゃあ十個くれ」
「失礼でございますが、そのぉ、お高くつきますですよ。安いお菓子なら、ここからもう少し歩いた先にお店がございますが」
「命の恩人に食わせてやるぼた餅だぜ。安物を食わせられるか」
「わかりました。少々お待ちくださいませ」
 店主が戻ってまいりますと、常五郎店の叩きを指さして言う。
「ここに置いてくれ」
「はい?」
「この犬が食う」
「この犬が、あなた様の命の恩人で?」
「そうだよ」
 店主が叩きにぼた餅を並べると、つなよしが尻尾を大きく振りつつ食べ始めました。
「おお、食っとるくっとる」
「はぁ。わたくしぼた餅を食べる犬を初めて見ました」
「そうだろう、そうだろう。オイラも初めて見た。さて店主、勘定を先に済ませておこう、いくらだ?」
「一両になります」
「い、一両! この野郎、おい、田舎者だとあなどりやがってぇ! たかがぼた餅十個で一両とはどういう了見だぁっ?」
「ですから、最初に申しました。お高くつきますと。手前どもの菓子は将軍家御用達でございます。将軍様もお召し上がりになられる品物でございますよ。文句があるならお役人を呼びますよ」
「いや、いや、いや、それにはおよばねぇよ。知らなかったオイラが悪い。はぁ、これ十個で一両ねぇ。おい、つなよし、全部食うな。オイラにも半分食わせろっ!」
「あらあらあら、この人犬と一緒に四つん這いになって食べてるよ」



       *

「たしかに一両するだけのぼた餅だぁ。美味かった。さてと、つなよしよぉ、風来坊のオイラにはおめぇを飼ってやれねぇが、いいご主人様を見つけてやるから心配すんな。できれば一両で買ってくれる人がいいよなぁ。なぁに、これだけ江戸には人がいるんだ、必ず見つけてやるからな」
 わんわんわん
「お、茶店があるぜ。甘い物の後だから苦い物が欲しくなるぜ。ちょっと寄っていくか。あん? 金? ああ、さっきの店主がな、少しまけてくれたんだ、可哀そうだからってよ。おい、茶をくれ。思い切り渋めのやつ」
「へい、いらっしゃい。少々お待ちを」
 常五郎床几に腰かけておりますと隣の商人風の男が声を掛けてきました。
「や、いい犬でんな。これおたくの犬で? はぁ、いえね、今大坂では犬を飼うのが流行りでおますねん。よろしければ、この犬、あてに売っていただけません?」
「おお、あんたいい目をしてるねぇ。これはね、人助けする犬だ。忠犬とでもいうか」
「そうでっか。ますます欲しくなりましたわ。おいくらで手放します?」
「一両」
「馬鹿言ったらいけませんわ。犬に一両つかう奴がどこの世界に住んどりますねん?」

「いや、無宿渡世だ」

       おあとがよろしいようで