#166 どこまでも堪忍を貫いた武士 ~「柳田角之進」~ | 鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

1956年に落語に出逢い、鑑賞歴50余年。聴けばきくほど奥深く、雑学豊かに、ネタ広がる。落語とともに歩んだ人生を振り返ると共に、子や孫達、若い世代、そして落語初心者と仰る方々に是非とも落語の魅力を伝えたいと願っている。

 明けましておめでとうございます。

 本年もご一緒に落語を楽しんで行きましょう。

 

本年の幕開けは、どこまでも堪忍を貫いた武士を描いた「柳田角之進(やなぎだかくのしん)」という人情噺から始めましょう。

 

彦根藩士・柳田角之進は文武両道の人であるが曲ったことが大嫌いという性格の持ち主である。だが、清廉潔白を自分に課すと共に他人にもそれを求める所が度を過ぎ、上役にも同僚にも煙たい存在であった。遂に、上役の讒言(ざんげん)によって役職を解かれ、浪人の身となった。

 

 

妻には先立たれており、18歳になる娘・お絹を連れて江戸へ出、浅草で慣れない裏長屋住まいを始めた。お絹の針仕事で細々と生計を立てる暮らしとなった。お役御免の理由に心当たりがなく、悶々とした日々を送る角之進を見兼ねたお絹が碁会所行きを勧めた。

角之進は碁会所で質屋業を営む万屋源兵衛と運命の出会いをした。源兵衛は円満温厚な人柄で、何局か打つうちに腕前は拮抗していることが判り、たちまちのうちに二人の心は通い合うこととなった。「いつも二人で碁盤を囲んでいるわけですから場所代を払うのがもったいないですね。どうです、我が家で打つことにしませんか?」と源兵衛が持ち掛け、角之進は同意した。飲食を供されて好きな碁が打てるという角之進にとって楽しい日々が続いた。

 

八月十五夜の晩、月見の宴の後で離れ座敷に席を移して二人が盤を囲んでいる所へ番頭の徳兵衛が「只今、甲様から入金がありました」と言って50両が入った財布を主人に手渡した。主人は「おお、そうか」と上の空で答え、それを受け取って膝の上に置いて対局を続けた。対局が終わり、角之進が謝辞を述べて辞去した後、50両が入った財布が紛失していることが判った。番頭は「角之進さまが盗んだに違いない」と言うが主人は「そんなことをするお方ではない。要らぬ詮索はしてはなりませんよ。私の小遣いとして処理しておきなさい」と一件を落着させた。“いくら清廉潔白な人とは言え、貧乏暮らしで間違いをしでかすこともある”と自説を捨て切れない番頭は、主人に内緒で角之進宅を訪ねる。

 

番頭は単刀直入に「お酒をかなりお召しになっていたようなので、50両を間違ってお持ち帰りになっていませんか?」と質す。角之進は色をなして言下に否定する。「それではお上に紛失届を出しますので、あなた様にもお呼び出しがあるかもしれません」と番頭は言う。角之進はしばらく考えた後、「身に覚えはないが呼び出しを受けては武士の面目が立たぬ。その場に居合わせた我が身の不運と諦め、50両を何とか都合しよう。明日の正午にもう一度来てくれ」と言って番頭を帰らせた。

角之進は身に覚えのないことで浪人となり、今また、冤罪の憂き目に遭っている自分の不徳を感じて自害を決意した。これを察知したお絹が「私が廓という苦界へ身を沈め、50両を作りましょう。そのお金で父上の面目を立てて下さい。そして紛失したお金が出て来た時には主人と番頭を手討ちにして下さい」と言う。器量良しということもあって身売り話はすぐにまとまり、お絹は家名に傷が付くという理由から柳田家と縁を切って遊女となった。

 

翌日、訪ねて来た番頭に50両を渡す。「やっぱりねえ、…」「もし他より金が出て来た時はどうする?」「出た時はこの私の首を差し上げます。ついでに主人の首もね」「よい覚悟だ。その言葉、決して忘れるでないぞ!」と、番頭と角之進のやりとりがある。

意気揚々と帰宅した番頭から一部始終を聞いて主人は番頭を叱った。もしそれが事実であっても不問にし、今まで通りに付き合って行く考えであったのにそれはもう叶わぬこととなった。主人は番頭の軽率を悔やんだが後の祭りであった。角之進は行方知れずとなった。

 

師走のすす払い(大掃除)の日、離れ座敷の長押(なげし)に掛けてある額縁の後ろから50両入りの財布が出て来た。角之進との対局中にお手洗いに立った主人が額縁の裏に無意識のうちに入れていたのであった。主人は碁に没頭していた自分を自分で罵った。「角之進さまに申し訳ないことをしてしまった。何としても角之進さまを探し出せ!」と番頭に命じた。「それは止めましょう。私とあなたの首を差し出す約束をしていますので…」と番頭は尻ごみするが、「私の首などどうなってもいい、とにかく謝ることが先決だ。店の者たちを総動員して探し出せ!」と主人は強い口調で命じた。

 

明けて新年4日、年始回りをしていた番頭が立派な身なりをした侍に声を掛けられた。「万屋の徳兵衛さんではないか? 無沙汰致したな、柳田角之進である」。番頭は死刑の予告を聞いたように震え上がった。角之進は番頭を茶屋に誘い、「江戸詰め留守居役として再度仕官が叶った」と近況報告をする。番頭は観念して、金が出て来たことを打ち明け、謝罪した。「そうか、それは吉報である。約束はお忘れではないな? では明日、店を訪ねるからよく首を洗っておくように。ご主人にもその旨、伝えておいてくれ」。

 

翌日、角之進は万屋を訪れた。主人は「この度は大層なご出世でおめでとうございます。あの一件は(あるじ)たる私の一存で番頭に命じたこと、番頭に何の罪もありません。どうかお許し下さい。そして私の首を刎ねて下さい」と言う。番頭は番頭で「私の一存でやったこと。主人は無関係でございます」と主従で庇い合いをする。しかし、角之進は構わず大刀を抜いて上段に振りかぶり、主従二人は念仏を唱えた。一閃、振り下ろした大刀は首を刎ねずに碁盤を二つに割り、白黒の碁石が飛び散った。主従二人の正直さ、潔さそれに庇い合いに負けて角之進は、怒りと屈辱を再び堪忍袋にしまい込んだのであった。そして「娘よ、不甲斐ない父を許してくれ」と呟き、娘の願いを果たせなかったことを詫びた。これを耳にした主人は事情を訊き、娘・お絹を身請けして苦界から解放した。主人は「お嬢様から柳田家とは縁を切っていると聞きました。私めの養女にもらいたいのですが…」「おお、それはかたじけない。では拙者が良い婿を世話させてもらおう」と言って番頭を推挙した。ここに忠義者と孝女の一対の夫婦が誕生した。その後、お絹は男子を産み、柳田家の後継ぎとした。目出度し、目出度し。

 

別題「柳田の堪忍袋(やなぎだのかんにんぶくろ)」とも呼ばれる“古今亭”のお家芸の一つで、志ん生、十代目金原亭馬生そして志ん朝へと親子・師弟間で受け継がれて来た。志ん生は「目出度し、目出度し」で締めくくっているが、「果たしてそうなのか?」と頭を傾げる人も多いことであろう。私もその一人である。あまりにも綺麗ごと・美談に過ぎるという批判である。私は大別すると温厚派であるが、角之進の生き方を無条件で良しとはしない。これまでの自分の人生を振り返ってみて、怒るべきであったのに堪忍した場面が2、3思い出される。結果がどう変わったかは検証できないことであるが喜怒哀楽という煩悩を持つ人間らしい、外連味(けれんみ)のない人生にすべきであったという反省がある。この噺を聴いて、私はそんなことを思った。

 

 

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