PTA事始め:最初の最初から | たった一人の闘い

たった一人の闘い

ある単位PTAに入退会自由の周知徹底をさせるため、悪目立ち覚悟で行動する母親の記録。

何で私はPTAがこんなに嫌いなのだろうか?


そもそも、第一子である長女(現在高1)が、小学校に入学したときは、北のA県在住。

関東からの引っ越しで、ワケのわからぬまま、入学式終了後、子供の教室に集められ、PTAの本部役員の司会のまま、委員を決めたのだ。

この学校は学年1~2クラスで、児童数が250名の小規模校だった。


この司会の役員の前口上がすごかった。

「皆さんに一人一役やってもらいます。子供が小さい、働いている、全然関係ありません。

昨年度は、ご自身が妊娠中で、親御さんの介護をしている方でも、軽い役をやっていただきました。」

などと、のたまう。


今の私だったら、席を蹴って、怒鳴りあげるところだろうが、当時は何もわからないまま、

「何か嫌だなあ、逃げるのは許さないってことか・・・」

と、ゲンナリした気分になったのは覚えている。


案の定、「ベルマーク」が超人気で、私も立候補し、くじ引き。

その次に「ラク」なのが、「安全委員」なのだが、一年が委員長・副委員長選出学年と決まっているので、誰も積極的には手を挙げない。

立候補が出ないものは、どんどんくじ引きで決めていく、今思えば恐ろしいPTAだった。

私は「安全委員」(ヒラ)に決まり、一年間に2度、各15分ほど、横断歩道で旗当番をやり、それで、その年度の活動は終了。


脅された割には、大したことなくて、ホッとした記憶がある。


この学校で「くじ引き」が、あまり問題にならないのは、

①学校が小規模なので、それほど活動することがない。

②とにかく、皆に役をつけるので、副会長は5~6名もいるし、一人当たりの仕事量が、できるだけ最小限になるよう、配慮している。

③この小学校の児童の保護者、7~8割がある会社の社宅住まい。ゆえに等質性が高く、また社宅の自治会の役員慣れしている。

と言った、特別な背景があるからだった。


しかし、私はここで、PTAの「平等」と「義務」に刷り込まれてしまったのだ。

そして疑ったり考えたりするより、やってしまった方が早い、という結論を得てしまったのだ。


なぜか、続く