チリらしい太陽の果実味と、ロゼらしい小悪魔チックなスパークリング

























〜ワイン選挙 チリ編〜
俺は亜久地市にやってきた。
亜久地市は□県の山沿いに位置する中堅の市町村だ。
元は別の名前だったが、市長の亜久地が住民投票で『亜久地市』に変えてしまったヤバい市町村だ。

そして市長の亜久地はチリのワイン代表人。
市政でもワインでも度重なる疑惑が湧き上がるものの、圧倒的な支持率でぶっちぎり再選を重ね続ける悪玉市長だ。

電車を乗り継ぎ、亜久地駅に降りると森のような香りがした。
駅から見える光景は、どこか南米を思わせる植物が繁茂する自然豊かな街。

市をあげて南米奥地の植物を栽培しているらしい。
街のいたるところにサボテンみたいなパイナップルや松が立っていた。

バスに乗り、市役所前で降りると森の匂いはより濃くなる。
森の死骸のような匂い――強い苦味と土臭さすら感じる。

これが亜久地市独自の香りらしい。
人によってはこの香りが癖になるらしいが、俺には不快でしかたがない。
こんな街、1秒でもいたくない。もう帰りたい。

やや恐れつつも、市役所の入り口の自動ドアをくぐると、ムワッと森の香りがさらに濃厚になった。
受付で要件を済ませ、市長室へ案内してもらう。
案内の途中、職員がやたらめったら市長を褒めたたえていたが、俺はすべて無視した。
こいつら狂ってやがる。

市長室は、さまざまな動物の剥製や絵画、そしてハーブ類で満ちていた。
ここが森の香りの中心部かと思うほど、濃厚な匂いを放っている。

市長の亜久地に挨拶を済ませ、応接スペースに通される。
俺の目は、ある絵画に止まった。
月面のような場所で宇宙服を着た亜久地が写っている。
とんでもない金持ちだと聞いているし、いろいろパイプもあるらしい。こいつ、月に行ったことがあるのか?

「月面に行ったんですか?」
「それはチリで撮った写真や。月の谷っていうところや。月面みたいでおもろいからコスプレしたんや」

「これはウユニ塩湖ですよね。フラミンゴもいるんですね」
「それもチリや。アタカマ塩湖のチャクサ湖の景色や」

「このペンギンの大群は」
「それもチリや」

「このちっこい狐とミニチュアの鹿は」
「それもチリや」

「険しい山々とコンドルの写真は」
「それもチリや」

「この紅葉と氷河とピューマが全部同時に写ってるのは?」
「それもチリや」

「そり立つ氷河の壁も、もしかして」
「それもチリや」

「すごい! さすがは亜久地市長!!
ええ? ……すみません、チリがすごいです」

なんだ……チリを褒めようとしたつもりが、亜久地を褒めてしまった。
森の匂いは強まっていく。亜久地は快活に話を続ける。

「あとな、ここの剥製もな、ぜんぶチリの動物やで。フラミンゴ、ラクダ、ペンギン――それも全部チリや。
南北に細長いだけの国やない。生物も環境も多様性が詰まった国や。

砂漠から南極圏、西は真夏でも泳げんほど冷たい海、東は6000メートルのアンデスの山々。
市民の税金で世界中を旅行したが、ここまで多様性が詰まった国はチリだけやったな」

「税金で旅行したんですか?」
「旅行いうても視察や。政治には国際感覚が必要やろ。市長のワシが世界を巡ったおかげで市政にも国際感覚が出るんや。その通りやろ?」

「はい、その通りです」
森の匂いはさらに強くなってきている。

やっぱり亜久地市長はすごい。もっと市長について知りたいが、今回はワインの取材だ。チリワインについて聞かなければ。

「チリというとコスパワインだと思っていました」
「チリ=安ワインは古い価値観やな。
確かに日本には安ワインを出しすぎた。関税ゼロもあって大量生産ワインをどかっと輸出して、2019年にはチリが輸入ワインNo.1になったな。次は高級ワインや。チリのガチには痺れるで。
それに新しいワインだって作成中や。南東支部の連中とはわけが違うんや」

「南東支部? イースター島のことですか?」
「ああ、オーストラリアワインのことや。あいつらは俺らの猿真似ばっかりしよる」

なんでこの人たちは唐突に他国をディスるんだろうか。
無駄に他国を貶さなければいい奴なのに。でも、亜久地市長は最高です!

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