こんにちは、ストレスレスな育児論を伝える現役保育士のかなりんです。
育児・保育で一番大切にしたいことという記事の続きです。
幼児期に育みたいこととして
生理的欲求を満たしてあげる
ことを挙げました。
食べる・寝る・排泄する
この3本柱を育ててあげること。
まずは最初の食べることから考えてみたいと思います。
こんなニュースが飛び込んできました。
給食を減らすなどの不適切保育で行政指導↓
これが虐待行為に当たるかどうかは、現場の状況がわからないのでこの記事だけでは判断できないのですが
食事のコントロールは他人にはできないという視点に立つと
保育の生活の中で、どう子どもと食事と関わったらよいのか
考えるきっかけになります
5年ほど前ですが、私が勤めた公立保育所では
「給食を残してはならない」という暗黙のルールがあり
給食室から配膳された容器を必ず空にして返すという習慣がありました。
そのため、配膳された分を全員で食べなくてはならず
子どもたちが食べられない分は保育士に配膳されました。
正直、おなか一杯でも、当時の私は断る勇気もなく
お腹が苦しくても無理して頑張って食べました(泣)
ベテランの先生なんかは無理やり子どもに食べさせたり
また、もう眠くなっちゃった子を無理に起こして食べさせたりと
今では不適切保育と指摘されかねない場面も見てきました。
私は子どもに無理に食べさせることができず、ほかの先生の目盗んで、子どもが残した分の食事を自分の口になんどか運んだこともあります。
決められた時間内に決められた量を食べること。
これが当たり前に行われている保育の現場に
とても疑問を持ち、そして虐待ではないかと自問自答し苦しんだ時期でもありました。
「食べる」この基本的な生理的欲求は
当然、個人差が大きくあり
量を他人がコントロールすることは、正直無理な話です。
よく食べる子は食べるし、食べない子は食べない。
食べたいというタイミングも違う
食事にかける時間も違う
一斉保育の中で、子どもも大人もストレスなく
おいしく給食を食べることを実現したいと願いました。
ある保育園を視察させていただいたときに
そこでは給食のタイミングは園児に任せていて、一斉に食事はしていないと聞いてとても驚きました。
遊びに夢中な子は遊びを継続してもいい。
お腹がすいた子は自分でランチルームへ行って、そこにいる保育士さんが対応し食事をとっていました。
また、私の友人の子供が通う保育園はお弁当でしたが、お弁当を食べるタイミングは各自で決めて、それぞればらばらに食事をとっているということも聞きました。
また、私の娘が通っていた保育園は、ごはんはお弁当箱で各自持ってきて、おかずを給食で用意してもらえるシステムでしたが、おかずはバイキング形式で、自分で自分が食べる量がわかるようになるようにと、保育士の指導のもと、自分で配膳して食べるということができていました。
おかずを配膳することや汁物を掬うという行為も、体の発達を促すのでとてもよい試みだと思いました。
野外で一日中過ごす自然保育や森のようちえんでは
食事の時間を固定せず
その日の行動や遊びの様子を見ながら、なんとなくこの辺でお昼にしようかと提案して
食べたい子から食べはじめ、食べ終わった子は片づけて遊ぶというような
ゆるやかな食事の時間を過ごしていました。
お弁当のところが多いですが、給食という形で遊びの場所に給食の先生が持ってきてくれてその場で配膳するパターンもありました。
配膳はもちろん子供たち自身でやるので、自分で食べる量を決められます。
この食べるタイミングや量を自分で決めるという行為が
どれほど、その子の自己肯定感をはぐくみ、身体の健全な発達を促すか
想像に難くありません。
それを実現するべく、上記のような園があることにも励まされます。
一斉に同じ量を同じ時間に食べる
これが当たり前のこととして多くの保育現場で行われてきたと思います。
今までこうだったからと思考停止するのではなく
「子どもの育ちのために何ができるのか」という視点で
保育生活を見直してみると
工夫できることが見つかるかもしれません。
私が子ども時代、学校給食は残さず全部食べるまで昼休みなしというのが常識でした。
泣きながら一人苦手な食材を食べた記憶があります。
どうしても食べられないものは机の中に隠したこともありました。
そこに残るのは、嫌な思い出と、食べることができない自分に対する嫌悪感。
特に食材を隠すという卑劣な行為をした自分を許すことができずにいました。
子どもは決められたことができないことに対して「自分が悪い」と捉えがちです。
こうして自己嫌悪感を積み上げ、本来なら成長のための食事が楽しいものではなくなってしまうことに。
そして無理な食事や他人に合わせた習慣が蓄積すると、自分の身体が欲する適量がわからなくなってしまい、極端に食べ過ぎたり、または逆に極端なダイエットに走ってしまったりと、食事が健全な育ちとはかけ離れてしまう恐れもあります。
食事は楽しく、おいしく、健康に。
それが実現出来たら、きっとその子の育ちにとって「食事」が成長の糧になってくれるはずです。
幼児期の食事の経験が、その後の育ちを左右するといっても過言ではありません。
ようやく、学校給食での完食の強要や保育現場での食事のコントロールが虐待だと認識されるようになりました。
保育生活で子どもの育ちに大きな比重を持つ「食事」
どうか保育の現場で強要や不適切なコントロールがなくなり
食事の時間が子どもも大人も楽しい時間になりますように
寒い日に外でみんなで食べたあったかいお汁美味しかったな