40代になり、鏡の前で「え、私こんな感じだった?」と驚く瞬間、

ありませんか?
私もその一人です。

11/16に参加した「WATASHIが伝わる印象美人の作り方」は、
外見と内面がこんなに深くつながっているんだ——
そう気づかせてくれる時間でした。

 

 

“外見との距離感”に揺れた、

20〜30代の頃の自分を思い出しました。
20代前半の頃、

私のお気に入りはボーダータイツに

リメイクデニムスカートでした。
あの頃は「これが一番かわいい!」と思っていたのに、
30歳前後になった頃、はたと気づくのです。

 

——こんな格好の人、周りに誰もいなくない?

 

その瞬間の、なんとも言えない気まずさ。
「私、あの頃のまま時が止まっていたのだな」と気づいた一幕でした。

 

30代半ば、

外見に対する小さな焦りのような危機感が芽生えました。
図書館でファッション本を借りまくった時期もありました。
でも、今ならはっきり言えます。

 

おしゃれのコツは、プロに聞くのが一番早い。


そして同時に、
外見だけ整えても意味がない。
結局、内面がそのまま外見ににじみ出るから。

 

今回、サンクチュアリ出版トークイベント人生を変える授業にて開催されたRAKU fellow おおもり めぐみこと、もぐちゃんによるセミナー
WATASHIが伝わる印象美人の作り方」
その“外見と内面の両方”にしっかりフォーカスした内容でした。

 

“自己理解”から始まる外見づくり

もぐちゃんが最初に語っていたのは、
なぜ私たちが“正解探し”をしてしまうのか、ということでした。

年齢を重ねるほど周りの“普通”に合わせてしまい、
自分の「好き」や「こうありたい」が置き去りになる。
自分が何を大事にしたいのか見失ってしまうのです。

 

——あぁ…すごく分かる。

 

そして印象的だったのが、
自己理解ワーク → 自己紹介 → 他己紹介
という流れのグループワークです。

 

 

グループワークで生まれた“わたしの輪郭”

ワークの中で、参加者同士が自分の印象や憧れを言葉にし、
相手の魅力を直接伝え合う時間がありました。

この時間が、本当にあたたかかった。

会場のあちこちから笑い声が聞こえ、
初対面とは思えないほど場がゆるんでいく。
そして、ただ盛り上がっているのではなく、
それぞれが“自分ってこう見えてるんだ”という感動

あちこちに生まれていました。

 

私は思いました。
——この空気を作れるのが、もぐちゃんの力だ、と。
ただ説明するのではなく、
参加者同士が自然と「自分らしさ」に触れられる場を作る。
そのファシリテーションが、とても見事でした。

最高潮に盛り上がったクイックチェンジ

そして、一番の見どころは最後のクイックチェンジ!
希望者が多く、じゃんけんで決めるほどの人気。

 

もぐちゃんは、その場で数点の小物をサッと合わせながら
参加者ひとりひとりの“なりたいWATASHI”を引き出していきます。

会場からは「可愛いー!」の声がどんどん上がり、
鏡をのぞいた瞬間に表情がパッと変わる参加者の姿が、

本当に素敵でした。

 

(ちなみにあの鏡、

もぐちゃんの旦那さまが車で運んでくれたものなんです。

おふたりのやり取りから、

自然に支え合っている関係性が伝わってきて、

なんだか心が温かくなりました)

 

外見がアップデートされると、

その人の魅力がもっと溢れて、

会場全体にも自然と伝わっていくのを感じました。

 

 

外見のアップデートが、わたしの軸を思い出させる

セミナーを通して感じたのは、

外見が変わることそのもの以上に、

参加者一人ひとりが自分の魅力に気づき、

その喜びや安心感に包まれた空間だったということです。

 

自己理解のワークでは、

「自分にこんな魅力があったんだ」

「本当はこうありたいんだ」という

小さな気づきがあちこちで生まれ、

それが自然と対話をあたためていました。

 

グループワークでは、

初対面とは思えないほどどのグループも笑顔が溢れ、

誰かの言葉にうなずき合ったり、

自分のことを話して少し照れながらも

安心している様子が伝わってきました。

 

この日、会場にいた誰もが——外見と内面の“どちらか片方”ではなく、

“わたしを丸ごと扱う”という体験をしていたように思います。

 

最後には、「こう見られたい」だけではなく、

“こうありたい私” にそっと触れたような、

やわらかい表情が会場に広がっていました。

この空気は、もぐちゃんがつくった

“安心して自分を出せる場”だからこそ生まれたもの。

 

外見がテーマのイベントだけど、

外見の話だけで終わらないところが、

魅力的な素敵なイベントでした。

 

誰かが自分に帰っていく瞬間を見ることは、

こんなにも美しいんだ

——そう気づかせてもらえた幸せな時間でした。