ひろゆきが「35歳を過ぎて『もがいている人』は手遅れ」と語るワケ から | 古家をDIYで超高性能へ

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ダイヤモンドオンラインの記事にこんなのがありました。

「ひろゆきが「35歳を過ぎて『もがいている人』は手遅れ」と語るワケ」

 

自分と重なるところがあったので、振り返ってみました。

 

 

34歳で脱サラして田舎暮らし。

趣味を生かして木工の世界へ飛び込んで、還暦を前にして引退するまでの20年あまりは頑張ったと思います。

 

幸いに「もがく」時期はほとんどなかったように思えます。

ただし、順風満帆だったわけではないので試行錯誤は繰り返しましたが。

 

サラリーマン時代は、いわゆる中流階級だったと思います。

しかし、質素な生活に徹した田舎暮らしの初期は、はっきり言って底流階級の暮らしです。

 

近所の子供に「おじちゃん家は貧乏なんだよね」と、ズバリ言われたこともあるくらいですから、周りからは貧乏に見られていたと思います。

新築をキャッシュで支払うくらいの余裕はあっても、清貧に徹していた時期でしたから、内心では「しめしめ」と思っていました。

 

底流階級の暮らしは、割り切ってしまえば楽なものですが、それに甘んじてしまっては這い上がれなくなります。 

世間体は底流階級に振る舞って、内情は中流階級の余生を過ごすために着々と準備をしていました。

 

金儲けに長けているわけではないので、出来ることをコツコツとやるだけですが、いつの間にか周りが中流階級の暮らしから落ちこぼれていっているように感じます。

日本の社会全体が総中流階級と言われていた時代が終焉して、どんどん中流階級だった人たちが底流へと脱落しているとのレポートを目にしました。

 

田舎に暮らしていると先代から受け継いだ土地があって住宅事情に恵まれた人が多いですが、それでも見栄えだけ良くて低性能な家ばかりが目立ちます。

良い家を手に入れた人たちでも、そのために経済的に困窮して暮らしの質を下げざるを得ないのでは片手落ちだと思います。

 

他人様の暮らしと比較するのではなく、自分と家族の未来をより良くするためには何をすべきかが評価の基軸となっています。

そこに社会へいくばくかの貢献が付随していれば十分なのではないでしょうか。

 

私の夢は「仙人の暮らし」でした。

霞を食らって下界を俯瞰して生きる。

荒唐無稽でおかしな夢だと笑われたものですが、今は概ね達成したのではないかと感じています。

 

霞は太陽の恵みでありました。

仙人の住まいは高い山とされていますが、標高650メートルのそれなりの高地に暮らしているところも合ってます。

 

鍛錬を積んで人徳を高めるようなことはできなので、人として仙人を目指しているのではなく、あくまでも仙人ポイ暮らしができればいいだけです。

 

 

「中流階級の仙人ポイ暮らし」

自分としては気に入っています。