Scene263 レッド・アンブレラ&リトル・トゥインクル・スター | ALOHA STAR MUSIC DIARY ディレクターズ・カット

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80年代の湘南・・・アノ頃 ボクたちは煌めく太陽のなかで 風と歌い 波と踊った。


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アロハスターのベーシスト、鈴本タツヤ率いる即席バンクバンド。
予想をはるかに下回る演奏のひどさが、反って暗がりの観客たちを大いに沸かした。


一九八四年三月二十五日(日)卒業記念ライブ当日、午後一時半過ぎ――


体育館右側の壁伝いに居並び、ステージ上を見つめる僕ら。

すぐ右隣で、車椅子の背もたれを揺すり、キャハハと倉田ユカリが嬉しげに手を叩いた。

「ねぇシーナ君。あれってなんの変装なんですか」

彼女に制服の裾(すそ)を引っ張られ、僕は苦笑して見せた。

「さぁねえ。さっき竹内さんは、ヨシトのことを『オバQ』って呼んでたけど」

一時間ばかり前、音楽準備室でヤツら見たときは、まだそれぞれに個性が際立ち、狙いがわからなくもなかった。

黒髪を逆立てた鈴本タツヤは、ピストルズのシド・ヴィシャス。

そんなタツヤの同級生で、長方形のサングラスを掛けた下手くそなギタリストは……たぶんトイ・ドールズのマイケル・アルガー。

でもって、ドラキュラメイクのアロハスターの正ドラマー、村山ヨシトは間違いなくダムドのデイヴ・ヴァニアン。それから……

「でも、あの2年生坊主くんだけは、誰なのかよく分からないねぇ」

おそらくはタツヤが持参したのであろう金髪ロングのカツラを被り、急遽ヴォーカル役を押し付けられた軽音2年の男子生徒。

パッと見は、クラッシュのミック・ジョーンズ風の老けた相貌(そうぼう)ながらも、ひとりだけパンクというより明らかにヘヴィメタ路線だ。

彼が2年生部員のなかでズバ抜けてギターが上手いのは知ってたけれど、話したことはあまりない。

いずれにせよ、開き直ったのか、本来そういう性格なのか。とにかく凄まじいダミ声を放ち、ヘッドバンキングで金髪のカツラを揺らしまくっている。

「しっかし、なおったばかりとはいえ、スピーカーの音質があまりに良すぎるんで、余計にヘタさが強調されるね」

巨大なPAスピーカーの放つハチャメチャな演奏に呆れ、僕はウェーブがかった前髪をクルリとひねった。

「だけど村山君。いつもだったら、もっとドラムが上手なはずなのに」

お下げ髪の倉田ユカリが、不思議がって僕を見上げた。

「そりゃあ仕方ないよ。だってアイツは、体で覚えたリズムだけしか叩けないんだし」

つまりは全く応用力がないんだよねぇ。と僕は、タムの打ち込みが、やたらとズレる村山ヨシトのスティックさばきを嘆(なげ)いた。と同時、さっきから竹内カナエと小山ミチコがいないのにようやく気付く。

「あれ?そういえば、竹内さんとかって、どこ行ったんだろう」

っていうかまぁ、どうりで罵声が少ないはずだわ……、そういって壁の木目に寄りかかり、腕組む僕は嘲笑(ちょうしょう)をもらした。

すると倉田ユカリの後ろ、車椅子のハンドルを握る李メイが涼やかにささやいた。

「カナエなら、さっきミチコと一緒に、音楽準備室へ戻って行ったわ。午後のライブで使うギターのケーブルが足りないみたいで」

あっそう。と僕は、メイの白めく横顔に、ステージ照明がほのかな反照を作るのを見つめた。

「……ねぇシーナ先輩」

ふと左肩を突っつかれ、ん? と振り返る。

ステージ上の不気味な仮装大会を見たら、いちばん大喜びしそうなはずの木下ケイコは、なぜか神妙な面持ちで、目が合うなり、すぐさま視線を足元へそらした。

どうした? と顔色をうかがわれ、ようやくケイコは大きな二重の瞳に決意を宿した。が、口ごもり、なにやら語るも、あまりに小声で聞き取れない。

えっ? とあたまを傾けて、彼女へ耳を近づける。スポットライトの生み出す暗がりのなか、ケイコはそっと僕に寄り添い、キスでもする風に小顔を上向け、ポニーテールを大きく揺すった。

「……アタシの書いたあの歌詞に、先輩が素敵な曲を作ってくれたじゃないですか」

たしかに僕は、卒業式の日、ケイコから作曲を頼まれ、今しがた音楽準備室でそれを披露したばかりだった。

「あぁ。『Do you know Ai』だろ。あの歌は、お前と俺との初めての共作なんだからな。大事にしろよ」

「はい。超気に入りました。大感動です。でも実はね……月曜日、先輩たちが卒業しちゃったあと、アタシね。もう一曲だけオリジナルの曲を作ったんですよ。でね。昨日の夕方、休日練習の許可をもらって、音楽準備室にあったラジカセで録音してみたんです」

僕はまゆ毛を和らげて、少しばかり驚いた。

「えっ『作った』って、お前が曲も書いたのか」

「そうなんです。でも、ぜんぜんギターなんて弾けなかったんですけどね」

ケイコはブレザーのポケットからカセットケースを抜き出すと、ゆっくり僕へ差し出した。

「この曲はね。アタシと一緒に過ごしてくれた先輩のだめだけにね。一生懸命、感謝をこめて作った曲なの」

そう告げて、木下ケイコは儚(はかな)く笑った。

ーー彼女のズバ抜けた音楽センスに僕が仰天したのは、卒業記念ライブの翌日。明け方までG’Zで騒ぎ、昼過ぎにベッドで目覚めてからだったーー



「あめふれぃ」

作詞/作曲 木下慶子

Red Umbrella & Little Twinkle Star
(レッド・アンブレラ&リトル・トゥインクル・スター)
Red Umbrella & Little Twinkle Star
(レッド・アンブレラ&リトル・トゥインクル・スター)

ぽつりぽつり雨降れば 色とりどりにアンブレラ

咲き乱れる並木道の放課後

 

お気に入り真っ赤な傘 キラキラ星の模様入り

回せばほら ワタシだけの天動説

 

ふっと振り返ったんだ 音楽準備室

今日もまた 卒業記念ライブの練習ね

 

はじめて片想い すればぶつかる壁

リアリスト ロマンチスト ワタシどっち派だろ?

 

 

レッド・アンブレラ&リトル・トゥインクル・スターズ

レッド・アンブレラ&リトル・トゥインクル・スターズ

 

まさに気分は織姫 飛び越えたいよ天の川

等身大超えのときめき 隠して会釈

 

キライだったパセリ 急に食べれたみたい

大人びた証拠かもね ホロ苦さの耐久性

 

でも試作ラブレター わりと自信ありよ

作文は苦手なのに ほらメルヘンワールド

 

鏡に向かってキリリ 「明日こそ勇気だせる」

いつだってイメトレ万全 自画自賛シミュレーション

 

 

(けど)眠気のほうがまさった 幼い夜はもう過ごせない

好きになるほどセンチメンタルな孤独に包まれる

 

What a lonely tonight(なんて孤独な夜なの)

What a lonely my heart (なんて孤独な心なの)

枕に顔埋めて 息止め修行

 

胸で飼い慣らした ウブな「好き」の二文字

カゴから飛び立てない ハートマーク増えまくり

 


レッド・アンブレラ&リトル・トゥインクル・スターズ

レッド・アンブレラ&リトル・トゥインクル・スターズ

 

大好きなクリームソーダ 目指せ究極の理想系

炭酸とアイスのミスマッチ どうか取り持ってチェリー

 

似合わないの分かってる でもね息が出きなくなるほど

大切な人なんだって気づいてしまったから

 

大きな松の下 はじめて聴いた声

雨の匂い大好きなの そうあの日から

 

濡れた髪のうえに 背伸びして差し出す傘のなか

「ありがとう」と響いたスペシャルタイム

 


……ふと、小節あたまでワンストロークずつし続けていた演奏が鳴りやんだ。
鼻をすすって、木下ケイコがささやき始めた。

《ねぇ先輩……
卒業式と終業式ってなんで違う日なんだろう。

先輩たちのいなくなったこの部屋がね
ものすごく広く感じられるんです。

先輩たちの歌声が……
みんなの笑い声が……
すっかり消えてしまった音楽準備室。

昨日まで先輩の指定席だった窓際の隅っ子に
初めて座って中庭を眺めています。

毎日アナタが ずっとぼんやり見つめた先に
なにがあるのか探してるんです。

「最高の居場所」って教えてくれたこの部屋の匂いを……
先輩とともに過ごしたものすごく素敵な時間をね
涙をこらえて感じてるんです。

本当に……本当に……
もうここには戻ってこないんですね。
それを想うと最後の言葉がなんにも思いつかなくなる。

でもね。ホントに感謝してるんです。
あさ目覚めても眠っていても
いつだってときめき続けられたんだから。

先輩が生まれてはじめてくれたんですよ。
一生懸命誰かを好きになるってこの気持ち……》

ふたたびメジャーコードのストロークが響きはじめた……
 

 

「ほら」と 差し出す手のひら ちゃんと約束守ってくれた

でもホントに知らないんだね 第二ボタンの意味

 

ぽつりと粒 はねる音 雨ふれ アナタふれーふれー

贈るよ お祝いのエールを 真っ赤な傘のした

 

 

そうよワタシは大丈夫 キュッと淋しさこらえて笑顔

あの日の「ありがとう」何度も再生し続けて

 

「さよなら」ってちゃんと云えたよ キラキラ星のした

キラキラ星のしたで……

 

初恋相手は 永遠(とわ)に輝き 色褪せない

お別れ悔やむよりも 出逢いに感謝なんです

でも胸苦しいよ 大好きだったから

 

お気に入りの傘でかくす ワタシのハート

お天気雨のような泣き笑い顔

 

レッド・アンブレラ&リトル・トゥインクル・スターズ

レッド・アンブレラ&リトル・トゥインクル・スターズ

 


最後のコードが鳴り響いた。
木下ケイコのウェーンと激しく泣き出す声で、テープは急にバチッと終わった……