オウム真理教について思う事


先日、TV東京、「オウム真理教のすべて」の番組を見て考えさせられた。
今尚、麻原の指示が獄中から出て、「アレフ」がそれに従って動いている事だ。

信者の人達は自分の心を見失い、誰かに頼ろうとしている姿が見えた。
何かに頼る気持ちは、全ての信仰に救いを見出す自然な動きかも知れない。

そんな中で、麻原の言葉を神の声と信じ、何でも麻原に答えを求めていたのが気になった。
超エリートの人達もそうであった。

そこで思った事は、悩みにぶっかる、苦しい事にぶっかる、、そんな時、他者に救いを求める前に

自分自身で苦しみながら、深く考える。  次に

他者の立場に立って、その問題はどうなのか考える。 次に

天の立場になって考える(永遠、真理、不変、、)

そこまで考え、答えが見つからない時、初めて、どこかに救いを求めるべきかなと思った。

その時も必ず、「人生の主役は自分自身、自分で考え、行動し、責任を取る」この気持ちを忘れないで欲しい。

どんな素晴らしい信仰であってもそれは自分の人生を創造する為の「脇役」でなければならない。


さもないと、貴方自身が宗教の脇役になってしまい、自分を見失ってしまうと思う。