ゆきんこブルース

ゆきんこブルース

てきとうな感じで始めた、てきとうなブログ。
書いてる本人もてきとうである。
でも、今のご時世、てきとうぐらいで丁度いい。
という感じのブログ。

Amebaでブログを始めよう!

明けましておめでとうございます。

かなり放置しまくっていたこのブログですが、また何卒よろしくお願いします。

 

さて、最近の流行といえば、90年代なのでありまして、服やらカルチャーやら、

「おお、懐かしい」みたいなのが多いのですが、それも今年は過ぎ去って、

2000年代が主流になっていくのかしらん。

 

自分に関して言うと、いつもドスの利いた古いロックばかり聴いているので、

ほぼ流行とかとは無縁の生活を送っているのですが、時々、「え、こんなのも聴くんだ」

とか言われるのが80年代音楽だったりします。

 

そうなんです。

 

80年代と言えば私の中では明るく楽しい西海岸ロックなのであります。

 

ニューウェーブとかパンクとか、テクノとか、ヨーロピア〜ンなハードコアメタルなんかも

好きには好きですが、この透き通るようなクリアなスネアの音に、お金の香りのするサウンド、

リヴァーブ感よ。

 

とはいえ、それもこれも映画の影響でしょうか。

 

勝手に自分の好きな80年代cinemaなるものを選出。

 

1 ダーティダンシング

 

2 恋しくて

 

3 初体験・リッジモントハイ

実は3位には「プリティ・イン・ピンク」という映画を選出していたのですが、2位の「恋しくて」の

監督と脚本が全く同じだったということに気がつき、どこまでハリウッドの策略に踊らされているのだ、

と反省して違う映画にしました。

 

1本1本ウィキペディアから引用して解説したいところですが、どれもこれもストーリーは大体似通って

いて、

1 若く貧しい少女(もしくは青年が)、

2 お金持ちで住む世界の違う男性(もしくは女性)と恋に落ち、

3 周りの偏見や嫌がらせと戦いながら、

4 本当の愛とはなんなのか、を周りの人たちも巻き込んで気付いていく。。。。

 

という典型的なシンデレラストーリー、アメリカン・ドリームなのであります!!!

 

『初体験/リッジモントハイ』はそうじゃないじゃん、という方。

最後にイケてないショーン・ペンが「海で溺れそうになったブルック・シールズを助けて一躍有名になった」

という超適当なクレジットをお読み下さい。

 

重要なのは、間違っても主人公の彼女が麻薬に溺れて凄惨な最期を遂げるといったラストシーンが

待っていないという安心感。最後はボリウッド並の多幸感に溢れるという所。

 

もちろん80年代にも暗い映画や戦争映画もいっぱいあったけど、やはり明るく娯楽に徹した映画が

多かったような気がしますよね。

その後の90年代は反動のようにドラッグや殺人に特化した映画が多くなっていったのは、アメリカの

姿をよく表していたのかもしれません。

 

とにかくハッピーな80年代cinema。

皆さんの1年もハッピーでありますように!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずいぶん前にこのブログでジャニス・ジョップリンについて書いたんだけど、

http://ameblo.jp/raizo0516/entry-10634281599.html

今回はドキュメンタリー映画を観たのでまたまたジャニスについて。

 

Janis Joplin

1943年・米・テキサス生まれ。

十代からブルースに傾倒し、自ら歌い始める。

大学を中退し、サンフランシスコに渡って本格的に音楽活動を始める。

1967年、24歳の時、モンタレー・ポップ・フェスティバルのパフォーマンスで一躍有名に。

その後、バンドの解散、再結成などを経て、’69年のウッドストックに参加。

翌’70年10月4日、ロサンゼルスのホテルの一室でヘロインとアルコールの過剰摂取で死去。

享年27歳。

 

あまりに短すぎてこうして書くととてつもなく簡素な来歴になってしまうが、

二十歳頃から亡くなる27歳までの7年間は普通の人の人生をギュッと凝縮して、

さらにきらびやかなデコレーションを施したような輝かしいものだった。

 

映画『ジャニス;リトルガール・ブルー』では少女の頃からのジャニスと、彼女が家族に宛てて送った手紙、近しい人々へのインタビューなど、彼女がなぜそれほどまでに激しく歌い、自分を痛めつけるようにアルコールとドラッグに耽溺していったか、その原因を探るように過去と私生活を掘り下げていく。

 

ウッドストックやモンタレーといった有名な映像はもちろん。「サマータイム」のスタジオ録音時の映像、フェスティバル・エクスプレスでギター1本持って「ミー・アンド・ボビー・マギー」を歌うジャニスなど、初めて観る映像も多く、新鮮だった。

 

映画の終盤では、ジャニスがアーティストとして多くの曲の編曲に携わるようになり、シャウト一辺倒だった歌い方から幅のある歌い方に変化して、歌手としての寿命を伸ばす努力を始めたことに言及している。

 

彼女の友人、音楽関係者はそろって言う。「彼女のアーティストとしての才能がこれから花開くという矢先に亡くなってしまった・・・」と

 

ジャニス1

写真はリンダ・マッカートニーが撮影したジャニスだ。

リンダがアメリカで撮っていた頃だから、ビッグブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーと一緒にやっていた24、5歳だと思う。

 

写真は少しぼけて、観客の影なんかが入って決して上手い写真ではないけれど、

舞台上のジャニスがこんなに寂しそうな表情をしているものは珍しい。

おそらく、会場は満員、観客は興奮冷めやらぬ状況だろう。

 

でも、ジャニスの表情は不安げで、その眼差しはひたむきで思い詰めている。

それで、私は、彼女がちっとも幸せではなかったのだと初めて気がついた。

心が張り裂けそうなシャウトも、身体中に電流が走るようなパフォーマンスも、

観衆の喝采も、一瞬の閃光のように彼女を通り抜けていってしまう。

 

ロサンゼルスのホテルの1室で、冷たいベッドに足を滑り込ませ、一日の疲れを癒すために彼女は左腕に針を突き刺す。傍らにはサザンコンフォートの瓶。

眠りさえすれば、また新しい日がやってくると彼女は信じていた。

 

自らの人生を早く終わらせたかった、と思うのは主観が入り過ぎだろうか。

彼女のことをほとんど知らないというのに。

 

 

映画ではジャニスのヒット曲がほぼほぼ網羅されていて、ラストに流れる「リトルガール・ブルー」も私の大好きな曲で、なんとなくにんまり。

なので、映画で使われなかった「One night stand」を。

やっぱりロックなジャニスが好きなんだわ。

 

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スライ・ストーン

スライ・ストーンのドキュメンタリー映画観てきました~

「え?スライ・ストーン?誰それ?ああ、『ロッキー』の人ね。」
違います。シルベスタ・スタローンではありません。(劇中にも同じエピソードあり)

スライ・ストーンは60年代後半から活躍していたファンクバンド、スライ・アンド・ザ・ファミリーストーンのメンバーの一人で今も生きてます。

製作したのはオランダ人の監督で、20年以上スライを追いかけて、作品を作り上げたそう。
追いかけて、というのは、スライは1980年代に入るとほとんど活動しておらず、何度かの訴訟の後にすっかり姿をくらましてしまったからだ。

かくして映画はスライの前半人生(輝かしい軌跡)と、行方不明になってからの後半の人生(ホームレス!)を同時進行で追いかける。
2007年に姿を見せたスライのあまりの変貌ぶりに驚くと同時に、伝説にならなかった天才が未だその才能を枯らしていないかったことを知る。

スライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンは名曲をいっぱい残しているのだけれど、60年代後半はまさに「ファンキー!」という言葉がぴったりのアゲアゲダンスナンバーが多い。1969年のウッドストックで披露した「I Want To Take You Higher」では、スライはブードゥー的な熱狂を作り出し、他のどの出演者も吹き飛ばしてしまうほどのパフォーマンスをしている。


70年代に入ると、バンドは少しずつ崩壊していく。それはドラッグのせいかもしれなかったし、あまりにも近親すぎたバンドの倦怠だったかもしれないし、時代の流れだったかもしれない。
しかし、『暴動』から『Fresh』、『Small talk』という一連の後期スライのアルバムは文句無くカッコいい。
周りがよりソフトなソウルやディスコミュージック、フュージョンに移り行く中で、スライの音楽が安易なロマンティシズムに陥ることは一度も無かった。

個人的に『If you want me to stay』という、アルバム『Fresh』の中の曲が好きなんだけど、これ聴いた時にまず思い浮かべたのがジャミロ・クワイとかサミュエル・パーディみたいなアシッドジャズとかそいうの。
レッチリもカヴァーしているのだが、スライのオリジナルのカッコ良さだけは誰も超えられないだろう。