新たに登場した機巧鎧部隊は、指揮官機とおぼしき機体の合図に合わせ、
一斉に槍を構えると、鬨の声をあげばがらイアンのいるほうに向かって走ってきた。

『全機突撃!エシュリオンに敵を近づけさせるな!』

イアンはその数を数えた。全部で十機。

『こうなってはこちらが不利だ。やむを得ん、撤退するぞ』

対峙していた敵の機巧鎧のうちの一機がそう口にするのが聞こえ、
イアンは再び視線をそちらに戻した。

『ブルーノは?』

『回収している余裕はない。急げ!』

一機がイアンに背を向けて走り始めると、残りの二機もすぐに追随した。

先頭に立って向かってきていたリュクサリア王国軍の機巧鎧は、
イアンの横を走り抜け、そのまま逃げる敵機の追撃にかかる。

『半数はわしと一緒にこい!フォティオス卿、貴公は姫様を!』

『かしこまりました』

六機が敵を追って木々の中に姿を消し、イアンの周囲に四機が残った。

『あそこに倒れているドラードを確保してください』

そのうちの一機の指示で、三機が倒れていた敵機の下へ向かった。

「助かった・・・・・のか?」

どうやら窮地は脱したらしい。そう実感した途端、
イアンはたちまち激しい疲労感に全身が襲われるのを感じた。

このまま地面に頽れ、意識を失ってもおかしくない気さえする。
かろうじてそうならずに済んだのは、イアンの下に
一機の機巧鎧が歩み寄ってきためだった。

『お怪我はございませんか、王女殿下』

最初は何と言われたのかわからなかった。オウジョデンカ?
一拍遅れて、意味不明だった音の羅列が明確な意味を帯びる。
王女・・・・・・殿下・・・・・・王女殿下?

まさか、あの少女は。

イアンの意識がにわかに覚醒した。
あわてて周囲を見渡し、少女の姿を探す。見た目が同じような木ばかりで、
どこにいるのかすぐはわからなかった。

どこだ?どこにいる?

イアンの心の中で、あせりが不安となってみるみる膨れ上がっていく。

『殿下?』

傍らの機巧鎧の機士に怪訝そうに声をかけられたが、
答えている余裕はなかった。
イアンは少女を見つけ出すことに全ての神経を集中させた。

ややあって彼の目線は、一本の木の根元に吸い寄せられた。

「いた!」

彼らがいる場所から少し離れたところで、
少女は先ほどと同じ姿勢のまま、木の根元に背をもたせて座り込んでいた。

イアンは少女の下へ向かって歩き出そうとした。だが一歩踏み出した途端、
彼の乗った機巧鎧は体勢を崩し、よろけてしまう。

「しまった、足が・・・・・・」

傍らの機巧鎧が間髪入れずに近寄ってきて、
イアンの機体の肩の部分をつかんで支えてくれた。
イアンはかろうじて転倒せずに済んだ。

『その状態で無理に歩かれるのは危険です。右足がひどく損傷しています』

それを聞いたイアンは、無言で少女にいるほうを手で指し示した。

『あれは・・・・・・』

傍らの機巧鎧はイアンの示す方向に誰かいることに、すぐに気がついたようだ。

『すみません、どなたか、あの木のところへ向かっていただけますか』

『はっ!』

敵機を囲んだいた三機のうちの一機がイアンたちのほうを振り返り、
イアンの機体を支えている機巧鎧が指示する方向へと向かっていった。

イアンはその機巧鎧が少女の下へと近づいていく様子を、目を離さずに見守った。

『ヴィクト様、王女殿下です!殿下がここに!』

『ご無事かどうか確認してください』

少女に近づいていった機巧鎧の操縦席が開き、
中からひとりの機士が降り立って、少女の下にかがみ込むのが目に映った。

機士はすぐに立ち上がり、イアンたちのほうを振り向く。

「意識を失われているようですが、見たところお怪我をなさっているご様子はありません」

『そうですか、わかりました』

よかった・・・・・・

イアンは安堵のため息をつく。だがそれも束の間に過ぎなかった。

               


『ところで・・・・・・あなたはどなたですか』