ようやく手に入れた休息は、不意に生じた喧騒で破られた。

立木に身をもたせかけ、まどろんでいたイアンは、夢とうつつが入り混じった状態で、何事かと音のしたほうを振り向いた。

既に少年と呼ばれる時期を終えていた彼だったが、見る人がいれば、起き抜けの眠そうな群青色の瞳や、柔らかそうな栗色の髪に、大人になりきっていない、あどけなさの残滓ともいえるものを見出すことも可能かもしれない。

イアンが目を覚ましたのと同時に、近くの天幕の入り口が開き、中からひとりの男が顔を見せた。

月明かりに照らされた男の顔は、元来の酷薄そうな表情が、眠りを妨げられたことにより、ますます剣呑さを増していた。

「誰かが酔って騒いででもいるのか?ちょっと行って様子を見てこい」

「はい」

男に命じられ、イアンは即答した。ここでもたついていると、たちまち猛烈な罵声を浴びせられることになるのは明白だった。声だけに留まらす、手や足が飛んでもおかしくない。

男はイアンに何をしてもいいという権利があり、イアンはそれを甘んじて受けなければならないという義務があった。その男、アルバート・ロレンスは機士と呼ばれる特権階級の人間でありイアンはそんなアルバートが所有する戦闘奴隷だったからだ。ふたりの年齢差はさほどなかったが、その身分には天地ほどの開きがあった。イアンにとってはアルバートの命令は絶対服従以外ありえなかった。何をいわれようとまず返事、というのは、長年の奴隷生活で体に染み込まされた条件反射のようなものだった。

彼らが今いるのは、リュクサリア王国の中心、『永遠の都』と吟遊詩人に謳われる王都リュクシスに隣接する森の中だった。周辺には同じような天幕がいくつも張られ、多くの者が野営しているのが見て取れる。

イアンは隣国オルガンドの突然の侵攻から祖国リュクサリアを救うため出陣したアルバートの供をして、王都までやってきたのだった。

敵であるオルガンドの軍勢は、国境付近での戦いでリュクサリア王国の軍を破った後、国内で主要な砦を次々に抜き、王都に向かって進撃中とのことだった。イアンの耳には真偽の定かでない噂話があれやこれやと耳に入ってきており、中には国王であるキンケイド四世が戦死したというのもあった。

近くにいた、別の機士に従っている戦闘奴隷の男と目が合った。男はイアンに向かって、何があった? とばかりに首を傾げた。先ほどイアンに、持っていたパンを一切れ譲ってくれた男だった。怪我をしていたせいで、天幕の設営に手間取っていたのをイアンが手伝ってやったところ、礼だといって渡してくれたのだ。ずっと取っていたものらしく、石のように硬くなったてしまった代物だったが、満足な食事を与えられず慢性的な空腹状態であるイアンにとっては、この上ない貴重品だった。

そのパンをイアンはまだ食べずに、服のかくしにしまいこんでいる。

様子を見てこいとアルバートに命令されたイアンだったが、足を運ぶまでもなく、喧騒の正体はすぐに知れた。