調理場の居る愉快な二人はさておき、桐生要に雇われている警護担当の男を紹介しておこう。
 男の名は暮井冬春(くれいふゆはる)、年齢は35歳前後。彼は英語堪能で頭が切れ、格闘や射撃のエキスパートでもあり5年ほどFBI捜査官として活躍していた時期もあったのだが、ある事件をきっかけにFBI捜査官の職をあっさりと捨て、数年間世界を放浪したのち桐生要本人にスカウトされた人物である。

 と、ここまでで2点ほど「おや?」とか「ん?」などと疑問符の浮かんだりするモヤモヤ感があったかも知れないので少し解説をば。
 一つはこの流れでいくと雇い主である桐生要と、雇われた者達が共に食事をするような印象を受けるわけだが、通常はあり得ないことである。だがこの桐生家の屋敷においてはその常識は無く、現在の普段からの食事には、主人の桐生要と雇われた者達三人が共に同じテーブルを囲み、和やかにそして賑やかに食事を摂るという不思議な光景が日常であった。
 もちろん食事のたびに各自が着替えるような手間をかけるわけではないので、黒川宗一郎は執事スタイル、諸星環奈はアニメでよく見るお決まりのメイドスタイル、そして暮井冬春は青のジーンズに革ジャンといったラフなスタイルで食事の席につくのが普通だった。
 想像してみれば実に不思議で滑稽な光景である。

 もう一つの違和感は、黒川宗一郎の作ろうとしている今夜の料理は三人分というところにある。これは決して語り部である私のケアレスミスなどではなく、今日この屋敷に存在るのが主人の桐生要と執事の黒川宗一郎、それに唯一の女性であり一応最年少でもある諸星環奈の三人だけだったからだ。
 ことは一週間前に遡るが、「警護」という重要な任務を担当する暮井冬春は、それまで屋敷に住み込み(ちなみに黒川と諸星の二人も住み込みである)3年ほど無休で警護に当たっていたのだけれど、彼の唯一の親族である母親が亡くなったという事情が発生し、それを聞いた桐生要は仕事熱心だった彼に労いの気持ちでもって一月の休暇を与えたのである。
 というわけで、自我はあれど実態のないAIのプロメテウスを当然数に入れなければ、この広い屋敷には三人しかいなかったのだった。
 よりによって、四人の中で当然ながら最も戦闘能力が高い暮井冬春の留守中に、伝統ある桐生家にとって最大の事件が起こるのである。
 では、気を取り直して場面を桐生要の部屋に戻そう...


 自室にて、充実したとも言える読書を終えた桐生要が部屋を出ようとしたそのとき!