「早く死んでしまいたい…」

今日も、ナースコールを鳴らした
おばあちゃんから発せられた
一言でした。



一番最初に、その言葉を聞いた時は
涙が出ました。


とても、甘えん坊さんな
かわいらしいおばあちゃんでした。



身体を撫でてあげることしか
できない…


ただ呆然と、
見ていることしかできない
私は、
本当に役立たずと思いました。







ふと思います。





   

おばあちゃんと寿命が一緒ならば
私も楽になれるのかな…って。





大好きなおばあちゃんたちと
おじいちゃんたちと、
寿命を合わせてもらうのが


私にとっても
周りにとっても
一番良いことに、思えます。



実際、
そんな話をしたことも
あるような気がします。




わたしが長生きする世界には、
両親は不在
おじいちゃんも
おばあちゃんもいない…


とすると、
生きていても
その時も
苦痛だけかも。




もう、幸せだとか
ありえないって
思うんですよね…。






きっとこうやって
関わりの深い
おじいちゃん、おばあちゃんの
死に
直面したときに


よぎるんだと思います。





 最近は、余裕がなくなってしまい
特に、そういう思考に傾きますね。




戦争時代を生き抜いた方々を
見送ることができるのは、
とても寂しい気持ちになります。




それこそ、
おじいちゃん、おばあちゃんと
一緒に
逝ければいいのに…



それさえもできないのかしら…と。

思いますよね…
いわゆる、終末期を迎え
看取り段階に入っていく
おじいちゃん
おばあちゃんとの、
関わりがありました。





死との直面を前に
私はあまりに無防備で
知識がなく
そして、
何もしてあげることができず

悲しく思ったことがあります。




ひたすら、
苦しい…
苦しい…と。


ナースコールを鳴らす
おばあちゃんに
何もしてあげられない
自分がいました。


自分の無力さを
突きつけられている感じです。


人の死に対して、
あまりに無責任ではないか…と
感じる瞬間です。


そして、それは、
私は、この仕事を続けるのに
値するの?


と思う瞬間なのです。



続く…
私の両親は、昔から不仲でした。

私の出来が悪く、
両親を困らせてばかりでした。

本当に、
なんどもなんども
こんな子供、捨ててしまいたい!
って…

思わせたことと思います。



友達も、長続きすることは
あまりなくて…

すごく変わった子だねって
よく言われました。

話が合致しないので、
イライラするらしく…

ひとりでいることが
多くなっていきました。




そんな子どもでしたから、
話し相手になってくれたのは、
いつも。


おじいちゃんと、
おばあちゃんでした。





不思議ですね…。



私のような出来損ないの 
人間に
関心をもち
耳を傾けて
話を聞いてくれるのです。





時折、
思いもかけず…


今までに
言われたことがないような


優しい言葉を掛けられると
泣いてしまいそうになります。




本当に。



そういう出会いが
多くて


今、私の支えは
その
おじいちゃんと
おばあちゃんたちとの…


ふと交わす、会話。

なのかもしれません。



私は、ある意味
不遇な運命の下に
産まれたので…



まるで
外で生活をすることは
戦場のように
思えることがあります。


これ以上の感情論は
ここでは控えますが、


そんな、
おじいちゃんたち
おばあちゃんたちとの
交流の中で
アドバイスを受けて
気が楽になることも
いっぱいありました。





続く…