ついに最終日。無駄に長く、無意味な文章だった……。


1215日~16

 今朝は早くに朝食を済ませ、バスに乗って一路空港へ。

 もう思い残すことなどない、と言うには色々と思い残しや遣り残し、未練の残るところだが、過ぎたことだ。何をするにしてもしないにしても最初から後悔することがわかっているのだからこれも予定通りと言えば予定通りだ。

 フランスはパリの空港から、JAL及びエールフランス共同便にて日本へと向かう。道中は行きと同じで12時間ほど。

 行きでは早々にぐっすりと意識を失わせていたが、今回はせっかくなので12時間起きて楽しむことにした。

 といっても狭い機内のことで、やることは大してない。

 この記録を機内で付けようとも思ったのだが、やっぱり狭い機内なのでネタにかけるし、なにより消灯中にかたかたキーボードを鳴らすのは少々近所迷惑が過ぎるし、ノートパソコンの充電容量も頼りない。座席にコンセントがついていればよかったのだが、ざっと見まわしても見つからなかったので面倒くさくて探していない。

 本はすでに読み終わりやることもないとなれば、折角なので航空会社から提供される娯楽を楽しむことにした。

 国際便は大抵(と私は勝手に思っているが)座席に画面がついており、映画等の鑑賞が可能になっている。プログラムをざらっと見たところ興味のあった映画も乗っていたので、暇つぶしもかねてゆっくり映画鑑賞に入った。

 最初に見たのはなんだっただろうか。多分フランス映画(恐らく)の邦題『最強の二人』だったと思う。

 首から下が麻痺してしまったが教養ある障碍者の富豪フィリップと、荒々しく無鉄砲で下品なドリスの交流を通して彼らの友情等を描いている作品だった。最初は完全に別の世界の住人だと思われた彼らが互いに心を通じさせ、徐々に影響を受けあっていく様はどこか胸が満たされる思いである。

 次は確か、邦題『ローマ法王の休日』だっただろうか。

 ローマ法王が崩御し、次の法王を選ぶ選挙において、なんの因果か突然選ばれてしまった、何という名前だったか、とにかく主人公は、責任の重圧に耐えかね街へと姿をくらましてしまう。そしてそこで精神科医や、舞台の役者たちと交流しながら彼自身の人生、ありかた、法王と言う職務について思い悩む姿が描かれていた。最後に観客に背を向ける法王の姿は、考えさせられる。

 次は邦画の『天地明察』であったと思う。江戸時代に天文学を研究し日本に合わせた新しい暦を作った日本人の話であった。ストーリー構成はありがちな挫折と挑戦の繰り返しなのだが、彼が実在して、実際にその偉業を果たしたという事実を思うと感動を禁じ得ない。ストーリー自体はありきたりだが。

 四作目は、個人的には一番好きなのだが、Mrビーンで有名なローワン・アトキンソン主演の、ジョニー・イングリッシュである。ローワン自身はMrビーンのような「子供じみた振る舞いで笑いをとる行為」を「いい大人」がし続けるのもどうかと思う、と言うようなことを言っていたような気がしないでもないが、彼の全身からはユーモアと茶目っ気が存分に出ているように思う。

 最後に見たのがトータル・リコール――新しい方だ。古い方は見たような気がしないでもないのだが、ちょっと記憶が定かではないので折角なので見てみた。記憶、つまり思い出を売るというリコール社を訪れたところから始まる、自分の記憶との追いかけっこは見ているものに記憶の不確かさと言うものを思わせる。個人的にはもっと見る側も混乱するほどの記憶の混濁と混乱が見れたら面白かったかも。

 なんだか下手な映画レビューのようになってしまったが、機内の12時間は殆どすべて、これらの映画鑑賞で過ごしたのだからこれくらいしか書くことがない。

 トータル・リコールを観終わったところでまだ、映画を一本見るには少し短い程度の時間があったので、他の昨日をポチポチと確かめてみたところ、なんと落語まで入っているではないか。

 折角なので――一体何度目の『折角なので』なのかは数える気にもならないが――、いまは亡き立川談志の『死神』で締めくくろうかな、と思ったが、どう考えても時間が足りず、結局前口上と頭のあたりをちょろっと聞いたあたりで時間切れ。

 羽田で乗り換え、相変わらず可愛らしいくらいに小さな便で宮崎へ。

 私はこの後、チキン南蛮を食べたあと、わざわざとんぼ返りに羽田へ、そして北海道へと旅立つという変態的な旅程を予定しているので、これにて。

 いよいよフランス滞在最終日。筆が進んだようである。


1214

 フランス滞在最終日。明日はもうホテルを出たら飛行機に乗って日本へ向かうだけなので、実質最終日と言っていいだろう。

 今までの少々詰め込んだスケジュールと異なり、今朝はゆっくりと朝食をとり、出発。

 あいにくの雨模様で景観もあまりよろしくはないが、天気ばかりはどうしようもない。

 パリという街は、今までめぐってきたブリュッセルやブルージュとはまた趣が違う。古い建物は確かにそのままに、古い様式もまたしっかりと受け継いでいるのだが、そこに現在のフランス人のセンスや、生活がきちんとある。古い様式の中に、新しいものを新しく取り込んでいった、近代的な街並みだ。

 街の景観を壊さないように配慮されてはいるが、街は電化され、車が往来を走り回り、そしてそう、最もパリの近代化を思わせるのは地下鉄である。

 地上の古い建物によって組まれた古い街並みの狭く入り組んだ道路は、ほとんど常に渋滞を引き起こしているようなありさまだ。その地下では、地上の混雑から解放された鉄道がパリ中を自由自在に駆け廻っていた。

 路線図はぱっと一目見ただけでは全体像がつかめないほどに広範に隈なく広がっており、地上の障碍物を気にせずに、しかし確かに街並みに沿って線路が走っている。蜘蛛の巣というか、蟻の巣というか、幾何学的な印象でありながら有機的に描かれた路線だ。

 その地下鉄に乗って、私たちはコンコルド広場で降りた。

 地下鉄の出口を出た先には光り輝く観覧車に、遠くにはもやがかかったようなエッフェル塔もまた見えた。

 一行の一部はシャンゼリゼ通りに。我々はアーケード街を抜けてルーブル美術館に向かった。

 入口であるガラスのピラミッドを潜り抜けると、そこは意外なほど明るく、広く、綺麗な広場であった。古く歴史ある美術館というイメージは、近代化され、美しく整備された博覧施設として改められた。

 まずは入場券を購入したわけだが、ここで驚きの品があった。

 入場券自体は11ユーロだったのだが、5ユーロ追加することでオーディオガイドも利用することが出来る。このオーディオガイドというのが何と、かのNintendo3DSを利用したものであったのだ。

 日本語版もあるという事なので、せっかくなので5ユーロ払って利用してみることにしたのだが、これが実に便利である。

 GPS機能を利用したものなのか、館内を移動するときちんと現在位置を示してくれ、また展示スペースごとに音声で案内もしてくれる。すべての展示品はさすがに解説してくれなかったが、それでも人気のある展示品の解説をていねいにしてくれ、下手なガイドさんを雇うより安上がりだし、何より気楽であった。

 『モナ・リザ』や『ナポレオン1世の戴冠式』など代表的なものをざっと見学し、折角なので館内の喫茶店で軽食を取ることに。この音声ガイド、なんと喫茶店の場所までナビしてくれる便利な代物であった。

 一番近くにあったモリアン階段傍のカフェ・モリアンは、中庭も望めるいい立地である。もっとも生憎の雨であるが。

 甘いものが欲しい気分だったのでホットチョコレートとアップルパイを頼んだのだが、残念ながらアップルパイは品切れとのこと。とっさにじゃあチョコケーキで、と返してしまってからホットチョコレートとダブってしまったことに気付いた。これでは甘すぎる。

 果たしてやってきたホットチョコレートとフォンダンショコラ。

 温かく、心地よい甘さのホットチョコレートは疲れた体にほっとする。中もしっとりととろけたフォンダンショコラもたまらない甘さだ。しかしこれはどうにも……甘すぎた。

 私は甘党だが、だからといって甘いものだけで満足できる人種ではない。大事なのはバランスだ。甘いものを食べるのならば、酸味のあるものや苦みのあるものを添えてやることで、ただ甘いだけのものをより高い位置へと昇華することができるのだ。

 などと思いながら、ダブルチョコセットを美味しく完食したところで、ルーブル見学再開である。

 さすがに全てを巡っていくと時間がいくらあっても足りないので、頼れるガイド3DSに見学コースを案内してもらった。二つしかコースがなかったが、結果としておもしろかったので良しとしよう。

 アポロンのギャラリーや、ミロのビーナス。サモトラケのニケに、再度モナ・リザ、そしてナポレオン。

 こういった数々の展示品について、門外漢の私がうろ覚えで解説を入れたり感想を述べたところでさして面白くもないだろうし、妙な先入観を持たれても困るので割愛させていただく。詳しく知りたい方はフランスはパリ、ルーブル美術館まで足を運ばれてはいかがだろうか。時間と金と言語に不自由がなければ一日中どころか一週間いても楽しめるだろうことは、保証はしかねるが、一応そうだと思うと個人的な見解を述べさせていただく。

 これだけだとあまりにも素っ気ない館内説明なので、少しだけ感想を述べさせていただくとするならば、かの有名なミロのビーナスは、一度ボーリングの球を投げようとしているポーズを想像してしまうともうそれ以外の腕の形が想像できなくて困る。それから、一度彼女を後ろから見てみると全く違った印象が持てて面白いと思う。

 なんにせよ詳しくはガイドブックを読むか、ルーブルへ。訪問の際には是非とも3DSを利用した音声ガイドを改めてお勧めする。解説している作品は人気のあるものとはいえほんの一部であるし、ナビゲートしてくれる見学コースも限られているが、少なくとも迷子になることもなければトイレで困ることもないし、カフェでお茶したいときにも便利だ。なによりツアーとは違って自分のペースでのんびり見られるのも嬉しい。

 ただ、ナビゲートについていくことに集中して折角の展示品を見忘れるのはもったいないのでお気をつけて。

 そうして館内を程ほどに楽しんだところで、極めてどうでもいいような、実際かなり下らない類の土産を購入して、一度ホテルへ。

 荷物をまとめてスーツケースに詰め込むのだが、いつもこれが困る。入らないのではない。隙間ができるのである。

 私は旅行に行くときはできるだけ荷物を少なくしていくことにしている。その方がお土産が入るし、軽いからだが、問題は私がお土産を買うのを苦手としていることだ。

 あまり大きなものは最初から買う気がないし、適当な菓子類や酒類を、「これは彼らに」「これは彼女らに」「これは自分に」とさっと決めて買ってしまったらもうそれで満足してしまう。最初から土産物の注文など聞きはしないし、根がケチなのでちょっと高いと手を出しかねる。自分のために買うものでさえさんざん悩んだ挙句買わないことが多いので、結局スーツケースに空きができたまま帰る羽目になるのである。

 旅先であれこれ衝動買いするのはお勧めできないが、買わな過ぎるのも考え物である。

 さて、荷物をまとめ休んだら、あとはセーヌ川ディナークルーズである。

 クルーズはエッフェル塔すぐ傍から開始し、前菜、メイン、デザートのスリーセットを楽しみながらセーヌ川を巡り、自由の女神像前で回頭し、またエッフェル塔前まで戻ってくるコースだった。

 前菜は帆立。メインはスズキで、デザートには洋梨とアイスクリームであった。

 夜間なのでどの建物の傍を通っているのかいまいち判然としないところもあったが、それでも立派な彫刻の施された橋の下をくぐるときは見ものであったし、他の様々な船を眺めるのもなかなか興があった。

 我ら日本人グループは早々に酒におぼれ、実に愉快で滑稽で正直同じテーブルにいると同じように見られているのではないかという気持ちでいっぱいだったが、みな愉快に楽しんだようで、よい思い出になっただろう。

 二、三人は顔色を悪くしていたので、明日の飛行機に無事に乗れるかどうか不安ではあるが。

 私自身も11時半まで続いたこのクルーズにいささか疲れているので、今日はこのあたりで。

1213日木曜日

 今日は朝からランジス市場を見学することもあって、朝早く起きてホテルを出た。

 ランジス市場には肉・野菜・花とそれぞれの部門に分かれて各地から食材が集まり、買い付けられ、運ばれていく。

 肉の部門ではブランとぶら下げられた肉塊が圧巻で、半身のものや、ほとんど丸のままでぶら下げられた牛や豚、中には羊なども見られた。空調設備が良いものであるらしく、見た目に反して匂いは全然せず、極めて清潔な印象であった。

 ジビエの肉は別の建物になるらしいが、この時期は見学はできないらしい。

 野菜の棟では私たち日本人がまず見慣れない野菜が数多く並び、どんな味がするのかもまるで想像の外であった。また一方で見知った野菜をスケールダウンしたようなミニ野菜も数多く売られており、新鮮な驚きが得られた。

 時間が押していたため見学はほどほどで切り上げられ、次に向かったのはかのベルサイユ宮殿である。

 折悪く降り始めた雨のため石畳は大層滑って歩きづらかったが、内部の見学には支障なかった。

 さすがに国王が居住していた宮殿だけあって、城塞であるモナーブ城とは文字通り格が違う。その広大な面積も当然であるし、内部の装飾一つ一つに至るまで相当な金がかけられていたことであろう。

 なんでも完成までに何十年と掛ったそうであるから、さもありなん。

 有名な『鏡の間』一つとっても相当なもので、幅10メートル、長さは70メートルくらいだろうか、その中にもシャンデリアがいくつも並び、壁には一面の鏡張りである。当時鏡がどれくらいの値がしたものかはわからないが、安いものではなかったろう。それも一枚一枚のサイズが大きいものばかりだ。それはフランス人民も革命を起こすだろうという贅沢ぶりである。

 ベルサイユの薔薇はこういうところを舞台にしていたのだなあ、などと思うあたりが他の学生とのジェネレーションギャップであるのか。

 明日はフランス滞在最終日であり、終日自由行動日である。

 くりすます……? 続きです。


1212日水曜日

 朝からずいぶん食べてしまった。ル・サングリエデザンヌでは朝食にケーキやタルト、パイなどの甘いものも用意していたのだが、ついあれこれ手を付けたのがまずかった。何しろ壮絶に甘い。私は甘いものは好きだが、しかしいくらなんでも朝からこれは、くどかった。

 昼食には兎を食った。

 これはまた調理法が違うようで、味はさっぱりとしているがよりジューシーで、歯ごたえも心地よい。

 昼食を済ませたのちは待望のシャンパンセラー『モエ・エ・シャンドン』を訪れた。ドン・ペリニョンでも有名なシャンパンセラーであり、シャンパンと言えば『モエ・エ・シャンドン』といっても過言ではないだろう。

 かつて修道院で作っていたワインに泡が生じていたのを見つけ、積極的にそれを作ろうとし始めたのがシャンパンの始まりであるという。そのつくりはじめ自体もワインの歴史から見ればつい最近なだけでなく、安定して作れるようになったのは近代に入ってからのことだそうで、うまく泡が立たなかったり、たっても瓶が破裂してしまったりという苦難を乗り越えるまでには相応の時間がかかったようである。

 『モエ・エ・シャンドン』では三種類のブドウを使用しており、しかも毎年同じ味を提供するために違う年の葡萄をブレンドするので、基本的には製造年は記載されない。しかしブドウの収穫が大変良いとされる年には、すこしだけ、その年の葡萄だけを使って作ったシャンパンもあり、それらは製造年が記載され、ヴィンテージと呼ばれる。ドン・ペリニョンはすべてこのヴィンテージである。

 さすがにシャンパンを作っている過程は見学できなかったが、絞られたブドウジュース、発酵させて作るワイン、瓶内発酵させて作るシャンパンなどが保管されている地下を見学させてもらった。

 黴臭く薄暗い地下は極めて広大な範囲を掘り進めて作られており、古代には海の底であったという石灰質の湿り気のある地層が、シャンパンを安定した湿度と気温で保管してくれるのだという。

 シャンパンはブドウジュースをワインとして一次発酵させたのち瓶に詰め、古いワインと砂糖、酵母を混ぜたものを加えて瓶内で二次発酵させる。これによって泡立つシャンパンができるのだが、この発酵の最中、瓶の内部には副産物である澱がたまっていく。これを取り除くために、瓶を少しずつらせん状に動かして澱を移動させ、最終的に瓶の口にまで集まったものを一度に取り除く。現在では金属の王冠で栓をして、澱がたまったところで口の部分だけ冷却液につけて凍らせ、王冠ごと澱を取り出すという作業をしているらしい。

 そうして大変手間のかかる作業を繰り返してようやく出来上がったシャンパンを早速試飲させてもらったのだが、しゅわしゅわと立ち上る泡は心地よく、きりっと味も立って旨味も十分。少し強すぎる気もするが、なにかつまみと合わせるといいかもしれない。

 折角なので2004年物のヴィンテージのシャンパンを一本購入していったが、はたして飲むのはいつになることやら。

 明日はベルサイユ宮殿の見学だ。

 昨日に引き続き(以下略)。


1211日火曜日

 ホテルで朝食を済ませた我々は、バスでナミュールの町へ。

 バスは山を登り、シタデル(城塞)へとたどり着いた。

 美しい街並みを見下ろすこの城塞は、いまも修復を繰り返しながら、威風堂々とそびえていた。いまはもうこの城塞が戦の基点として活躍することはないだろうが、しかしこの石造りの老兵は昔も今も、そしてきっとこれからも、美しいムーズ川と街並みを見守っていくことだろう。

 シタデルを下り、スズキのクリームソースで昼食を済ませた我々は、一路モダーブ城へ向かった。

 絶壁に面するこのモダーブ城は、中世頃の城塞を、フランス様式に改築したものであるという。クリスマスシーズンということで内部にはあちこちそれらしく装飾が施されていたが、注目すべきはその装飾を剥いだところにある。

 玄関をくぐってまず天井を見上げれば、そこにはずらりと並んだ紋章の数々。赤い鯉の紋章から始まるこの一連の紋章たちはモダーブ城に住んだ貴族の家系図であり、歴史である。

 かつてこの城でどんな人たちがどのように過ごしていたのか。それらを思いながら廻ってみると、かつての生活の残滓が浮かんで見えるような気もする。

 寒さと、風と、自然が作った天然の絶壁に囲まれて、白の主は何を思っていたのだろうか。今ではもう想像することしかできない。

 モダーブ城を去った我々は今日の終着点である、世界一小さな町とも言われるディルビュイに到着した。

 猪を掲げたホテルの名はル・サングリエデザンヌ。猪料理を自慢としており、皇太子夫妻も訪れたことがあるとか。

 ホテル内にも鹿、牛、そして猪の剥製や首、角と言ったものが飾られており、狩猟文化が色濃く感じられた。

 夕食で出されたのは猪の麦酒煮。野の獣特有の臭みがあるが、それが何とも言えずたまらない。ごろりとした肉塊の野趣あふれる味わいと歯ごたえと、地ビールの果物のようなさわやかな香りが舌も胃袋も満足させてくれた。

 明日はかのシャンパンセラー『モエ・エ・シャンドン』の見学である。


 昨日に引き続き欧州研修旅行三日目。


1210日月曜日

 ブルージュで一泊した我々は、世界遺産である旧市街地を徒歩で見学することとなった。

 橋(brug)が語源と言われるこの街は、流れる運河に50以上の橋がかかり、かつては貿易で栄えていたそうだ。

 しかし運河が年月とともに運ばれてきた土砂で浅くなっていき、大型の商船が行き交いできなくなると廃れていき、古い街並みをそのままに発展が途絶えた「死の街」とも呼ばれたそうである。

 現在では中世の装いをそのままに残す美しい街並みが歴史地区として世界遺産に登録されている、というのがガイドさんの説明によるところである。

 市内を見学するに当たり、集合地点として設定されたのが街のシンボルである鐘楼がそびえるマルクト広場である。周辺にはギルドハウスや州庁舎といった豪奢な建物が並び、しかもクリスマスシーズンであるためクリスマス市も出ているという大層な賑わいであった。

 街のシンボルである鐘楼には40を超える鐘で構成されたカリヨンと呼ばれる楽器が存在し、時間ごとに美しい音色を叶えてくれる。時計があちこちにあふれる現代では、この音色で時間を計る人はいないだろうが、市内何処にいても聞こえてくる音色は心を和ませてくれる。

 まるで時間が止まってしまったような古都を歩き、ベネディクト派の修道院であるベギン会院やそのそばの愛の湖公園など、恐らく中世の頃から全く姿を変えていない自然と石造りの街並みの調和を楽しむ感覚は、日本で言えば奈良を歩くような感覚かもしれない。

 昼には、店の名前は忘れたが、兎の麦酒煮を食わせる店に入った。

 私は兎を食うのは初めてなのだが、味はどこか鶏に似ており、肉は程よく硬い。獣臭くなくあっさりと食べられ、ジューシーではあるが脂っこくなく、悪くない。

 午後はさまざまな様式の入り混じった建築であるところの聖母教会に。1ユーロを払って博物区域に入り、ミケランジェロが国外に残した唯一の作品とも言われる『聖母子像』を鑑賞した。

 私は芸術の分からぬ男であるが、一人の男の作品が何百年たってもこうして人々に鑑賞され、そして信仰の対象となっているのかと思うと素直に賞賛したい。

 少々のトラブルもあったが、古都ブルージュ見学はなかなかに興味深いものであった。

 明日も早いのでこのあたりで。


 昨日に引き続き、欧州研修旅行2日目。


129日日曜日

 午前1時半に飛行機に乗り込み、意識を失い――それでも客室乗務員が寄る度に奇妙なほど正確に目を覚まし、機内食を平らげ、なお余る時間を、意識を失わせたり、本を読んだり、意識を失わせながら本を読んだりして潰し、ようやくパリに到着したのが6時半ごろ、だったろうか。

 この時間帯はまだ真っ暗で、かすかに見える空港の明かりを眺めながら、「翼よ、あれがパリの灯だ」などとうそぶくこともできるくらいだった。

 入国手続きを片言の日本語で済ませてもらい(カナダに行ったときは容赦ない英語だった!)、さあパリ観光、ではない。

 この後は新幹線――TGVと言ったか――で一路ベルギーはブリュッセルへ。

 後から聞いたのだが、現在日本―ベルギー間の直通便はないようで、パリ経由で来るのが一番楽であるらしい。

 ブリュッセル市へと向かう列車は、払暁にも至らない暗中を驚くほど静かに駆けていく。

 まるで夜行列車のような車窓から、私は灰色の景色を眺めた。曇り空の下、靄に沈み、ただ影の濃淡だけのモノクロの景色は、私の知らない山々と、そして時折流れるように走り去っていく建物を描いて行った。

 朝靄に包まれた丘陵の向こうで、分厚い雲と丘の稜線とに押しつぶされたように、朝日が橙色に差し込んだ。それが潰れてにじむようにじわりと朝焼けを広げ、時折雲がその分厚いヴェールを持ち上げた時だけ、景色はかすかに彩られた。そして不思議と、そういうかすかな色合いこそが私にぞっとするほどの鮮やかさを持って色を教えてくれた。芝の緑はより緑らしく、雪の白はより白らしく、そして水の黒さはより黒々と。

 遠くには見知らぬ建物、見知らぬ形の鉄塔、前衛芸術から浮き出たような流線型の風車、そういったものが時折思い出したようにふっとあらわれては消えていった。

 乗り合わせたフランス人たちはみな一様に背が高く、ほっそりとしていた。ともすれば針金細工のようにひょろりと細長い彼らの姿と、あちこちにフランス人らしいセンスで以てデザインされた、しかし大きさで言えば日本のものとそう大差のないスケールの列車内はちぐはぐで、奇妙な印象を与えてくれた。

 思えば椅子やテーブルに始まり、列車やエレベーターと言った乗り物まで、そのスケールは日本で見るそれらと大差なかった。見上げるほどに背の高い彼らは、みな身を縮めるようにして、或いは折りたたむようにしてこれらを利用しているのだろうか。

 2時間弱の列車の旅を終え、我々はバスに乗り込み、ブリュッセル市内を巡り始めた。

 ブリュッセル――私が初めて訪れることになる欧州の街並みは奇妙で、不可思議で、そしてどこか懐かしい空気を湛えていた。

 建物はみな煉瓦や漆喰で装い、それらは隣の建物と接続されて壁のようにそびえ、区画を隙間なく埋めていた。石畳がそれらの建物の間を縫うように狭い道を走らせ、美しく組まれた模様を道行く人の足元に横たわらせていた。

 古くから続くであろうその様式は、違和感なく現代の生活とつながっていた。

 路面電車の線路が石畳を貫き、道をゆく車の中にはトヨタやホンダの日本車も見られた。道のわきには時折、貸自転車がずらりと並んでいた。

 近寄ってみれば、古い街並みに電気仕掛けの街灯が差し込まれ、ガスが、水道が、電気が、現代のライフラインが組み込まれていた。

 なんという奇妙な光景なのだろうか。

 プチ・サブロン広場の銅像の職人たち、ギルドハウス、王宮、聖ミッシェル大聖堂といった何百年と前から街を見下ろしてきたであろう優雅で瀟洒な建物の足元を、近代的なデザインを施された自動車が忙しなくかけていく――それも驚くほど自然に。

 この街では何百年と前の街並みと、現代の生活が、歴史の中でシームレスにつながっているのだ。

 きっとそれはこの石造りの街では当たり前の事なのだろう。古いものが新しいものに、急激に一新されることこそ、奇妙で歪なはずなのだ。今や古きものを見つける方が難しい国に住む私にとって、これは面白い発見であった。

 バスを降り、街の人と同じ目線で歩きはじめると、この不思議な光景はより生々しく私の目に映りこんだ。

 ともすれば何百年も前にタイム・スリップしてしまったような街並みには、現代的な装飾の店々で、現代的な服装の人々が、現代的な品々を売っていた。どことなくちぐはぐで、しかし『落ち着いた』ちぐはぐだ。

 街中を見て回る中、勿論我々はジュリアン君も見物してきた。

 所謂ところの『小便小僧』である。

 さすが世界三大がっかりに数えられるひとつだけあって、思いのほかに小さな銅像だったが、それだけにむしろ街角にしっくりと馴染み、なるほど愛される愛嬌っぷりである。話によれば500着とも700着ともいう大層な服持ちだそうで、そのうちには日本から贈呈された服もあるそうだから、世界から愛された小僧である。

 これといって歴史も伝説もない単なるジョークであるところの小便少女もガイドさんに連れられて見物してきたが、顰蹙を買いそうなので詳細は割愛させていただく。

 かつて市場として開かれたというグラン・プラス広場では、他宗教関係者に配慮した結果、大層不評を買ったというクリスマ・ツリー(と言われればそれとなくそう見えないこともない、一見したところ工事中としか思えない張りぼて)が中央に聳え立ち、そんな不細工な代物を我関せずと見下ろすギルドハウスが周囲に立ち並んでいた。

 ギルド――要するに商業ごとの組合だが、彼らの寄合所というべきか役所というべきか、そういった建物なのだが、これがまた石造りの立派な建物だ。中でも一番立派なものが、大工でもなく石工でもなく、パン屋のギルドハウスだというのだから面白い。いつの時代も人間、食べるものが一番大事だ。

 市内見学を済ませた我々は、グラン・プラスから程近いレストラン街にある、『Chez LEON』にて昼食をとった。ガイドブックにも載るほどの店で、美味いムール貝を食わせてくれる。――もっともこのあたりの店は大体ムール貝を食わせるらしいが。

 さっぱりとした味わいの白ビールを楽しみながらの食事は、スープ、ムール貝、デザートの三皿。基本的にはスープが前菜に代わるくらいで、この三皿が一つのコースとして多いようだ。

 ムール貝は大皿にこんもりと持ってきてくれるのだが、これがまた圧巻で、おいおいこんなに食べられるのかと少し不安になる。質より量、まず腹がいっぱいになることがベルギー流。

 貝殻を上手く使ってムール貝をつまんで食べていくのだが、成程、うまい。セロリやらの野菜と一緒に煮たものらしいが、すいすいと手が進んであんなに山盛りだったのがすぐに空っぽになってしまった。

 ただデザートのワッフルはいまいちだった。どうも担当が変わったのかどうか、ワッフルは硬くバリバリとした仕上がりで、味も素気もないような代物だった。これにはガイドさんも困り顔であった。

 軽く見学を済ませたのち再びバスに乗り、我々は『Mmmh!』なる料理学校で調理実習をさせてもらった。忘れかけていたが、あくまで研修旅行だ。

 オープンバー形式を謳うここでは、我々はワインを片手に調理することになるのだが、つい調子に乗って飲みすぎてしまい、危うく料理が出来上がる前に私の方が出来上がるところだった。

 当日のメニューは前菜から始まりデザートまでついたコース。

 前菜はざっくりと切ったパンに、ブリュッセルチーズ、ホワイトチーズ、グーズビールを混ぜたものを塗り、葱やラディッシュなどの香味野菜を振りかけたもの。それにスパイス入りのパンをこんがり焼きあげたものと、セルベラと呼ばれるブリュッセルソーセージ。

 メインはミートボールのリエージュソース風味。

 ハンバーグかと思えるほど大きく成形したミートボールを、甘めに味付した煮汁で煮込んでやるだけなのだが、付け合せの人参入りのマッシュポテトともよく合い、舌にも腹にも満足のいく一品だ。

ゲント風ワーテルゾーイはポトフに生クリームを加えたような料理だ。ワーテルゾーイは日本語訳すれば水煮といったところか。ごろりと大きめに切った具材をことことと煮込んでしっかりとうまみを出しているから、ほっとするような安心の美味しさだ。

 デザートも手が込んでいて、スペキュロースと呼ばれるものをクッキーに練りこんだものと、柔らかなアイスクリームのようなダンブランシュというお菓子は、パティシエ科の学生が担当したので詳しいことはわからないが、舌に爽やかでコースの締めくくりとして嬉しい味わいであった。

 この奇怪な店名は、美味しいものを食べた時のもわず唸ってしまう、その音からとっているようで、成程仕上がりも我ながら、

Mmmh!

 である。

 調理実習を終え、名残を惜しみながらMmmh!を去った我々は、バスで次の目的地ブルージュへと向かった。

 一週間ほど欧州の方に研修旅行に行ってきた。

 貧弱な私にとってはそれなりに疲れるスケジュールの中、ちまちま書き進めた旅行記(というか単なる覚え書きと言うか)を、折角なのでブログで公開することにした。

 全てを一度に載せるといささか長ったらしいので、一日分ずつ公開するが、その文章量や文体、誤字脱字などはその日の体調や気分などで変動があるので悪しからず。

 面倒なので特に訂正や注釈もないので、暇つぶしにでも読んでいただければ幸いだ。

 まずは第一日目からである。

128日土曜日

 本日より待ちに待った海外研修だ。

 早々に本文に偽りあり。別にそれほど待ち望んでもいなかった。なにせコンクールに期末試験にアルバイトにとそれなりに忙しくしていたので、気づいたらもうその日だったというだけの話だ。

 集合場所は宮崎空港JAL登場受付前。

 集合時刻は17時だったが、特にやることもなかったし、何より直前で慌ただしくするのが嫌いなため、2時間ほど前には到着し、空港内を歩き回って堪能。

 当日の空港3階ギャラリーは和紙を切り貼りして作ったらしい絵画であった。説明は読み流したので覚えていないが、和紙の起伏が作る立体的な造形と、深みのある色遣いはなかなか興味深いものだった。とでも言っておけば芸術に関心がある風を装えるだろう。

 ついでにもう少々時間があればタイ式マッサージでもうけていただろうか。

 ………否、ないな。

 あの手のものは後に予定が詰まっていないときに限る。

 土産売り場を適当に冷やかした後は、普段ならば暇があっても寄らないだろうビューラウンジでお高めのティータイムを過ごし、程よく時間を潰す。ビューラウンジと言いながら通路側の席でひっそり過ごすあたりがひねくれた楽しみ方だと我ながら思う。

 紅茶とケーキを程ほどに楽しみ、のんびりぶらぶらと空港内をうろついたのだが、考えてみれば4年以上住んでいて、そして最低でも年に一回は訪れている空港にも意外と足を運んでいない場所があったようだ。

 展望台もその一つだ。

 展望台、というか展望広場というか、要するに大抵の空港にある(だろうと思っている)発着場を見下ろせる広場で、双眼鏡も据え付けられている。覗いてみようかとも思ったが、100円もするのでやめた。昔は10円だった気がするが、大昔東京タワーに上った時の記憶なので定かではない。

 広場からは宮崎航空大学校も見え、「航空大にはゲイが多い」という噂を聞いたことを思い出した。だからなんだという訳ではない。ただ知り合いのバイの子を思い出して、今頃どうしているのだろうかと思っただけだ。

 右手には小型の航空機が鎮座しており、どうやらこれは内部に搭乗して計器などをいじれるらしい。入ってみようかとも思ったが、他に人もいない裏さびれた展望台で嬉々として飛行機の計器をいじるという孤独な光景を思い浮かべ、やめた。

 集合時刻となり、我々は邪魔くさいスーツケースを預け、体中の金属を取り外し保安検査を潜り抜け、飛行機へと乗り込んだ。

 一路欧州へ――と行きたいが、何せ宮崎だ。直行便はない。

 まずは羽田だ。

 1時間半のフライトを経て羽田にたどり着いた我々は、巡回バスで国際線のビルへ向かった。

 まったく、バスで移動しなければならない広さの敷地を持つくらいなら、いっそ空港内で食事も風呂も宿泊もすべてまかなえるようにしてついでに買い物もすべて済ませられる施設にしてくれたら楽なのだが――などと常々思っていたら、先だって新千歳空港は映画館や温泉施設までついた立派なショッピングモールに成り果てていて驚いたわけだが。

 羽田についてからがまた、長い。

 飯を食う時間があり、買い物をする時間があるのはありがたい。

 基本1500円前後から、それ以上の値段を誇る飯屋を冷やかしたり、これまた展望台まで行ったりするのはなかなかに面白かったし、結局1300円程度の丼物とそばのセットでゆっくりと腹ごしらえする時間もあった。

 だが出発時刻は午前1時半。

 恐ろしく長い時間潰し――それも後半は店が次々閉じていく中での――を終え、やっとこさ機内に乗り込んだ後は、心地よく意識を飛ばすのが私にできる唯一であった。


 群馬のコンビニ「セーブオン」にて1キロカレーなる代物が発売されていたらしい。
 白飯500グラム、カレー500グラムのボリュームで495円。
 コストパフォーマンスは確かに抜群だ。食べ切れれば。


 この手の凶悪な品物に対して無防備に挑んでいくのが私の最近の記事内容だったと思うが、どうにも面白いものがなくて挑戦していなかったこの頃。
 純粋に物量で押そうというシンプルな色物であるところの1キロカレーは、近年稀に見る正々堂々と正面から挑んでくるところが好感が持てる。単に量が多いだけでなく手が出しやすいお値段も嬉しい。


 問題はセーブオンは群馬を中心とした数県にのみ存在するコンビニであって、宮崎には存在しないコンビニなのである。
 販売店舗が存在しないのだから、当然1キロカレーも宮崎には存在しない。
 私もよくいくカレーハウスCoCo壱番屋であればやろうと思えば1キロだろうと1.5キロだろうと白飯の量を増やせるが、コストパフォーマンスはよろしくない。自分で米を炊いてカレールーだけ買って帰った方が余程安上がりだ。
 第一CoCo壱番屋では(恐らく)白飯の量を増やしたところでカレーのルー自体は増えないと思うので、セーブオンのルー:白飯が1:1のカレーとは趣が違う。


 CoCo壱番屋でカレーの限界に挑むよりも余程安上がりなので、ぜひとも挑戦したかったのだが、宮崎に存在しないのでは仕方がない。
 仕方がないのでエア1キロカレーに挑戦することにした。


 エア1キロカレーとは、エアギターやエアドラム、エア軽音部などの、実際には存在しないギターやドラムを演奏する真似をしたり、有りもしない部活動で目には見えない友達とお茶をしたりするパフォーマンスの一種であり、実際には存在しない1キロカレーを完食することを目的としている。


 落語家などが見せるこれ以上ないほど自然な扇子による蕎麦のすすり方などもエア蕎麦と見做すこともできるが、今回挑戦するエア1キロカレーは動作による模倣よりも、むしろ実際に食べているような気分に自分自身が浸ることが重要であり、実在しない1キロカレーを食べている最中、そして食べきった感想を述べるのがこのブログの趣旨である。


 さて、早速だがエア1キロカレーを実食もとい架空食したい。


 まず外観だが、なかなか堂々とした佇まいが脳裏に浮かぶ。
 深めの皿に盛られた白飯とルウは、上から見たとき大体1:2ほどの比率だ。美しい比率だ。具はよくは見えない気がする。


 実在しない1キロカレーを持ち上げてみると、ずしり、と思い手応え。
 1キログラムというと大したことのない重さのようにも思えるが、食い物がこの重さをしているというのはなかなかない。
 手に1キログラムのものを持つのは簡単だが、腹の中に1キログラムの異物が居座ることを考えると結構な重さだ。
 無論、実在しないので何時間持っていても筋肉痛にはならないし、胃もたれもしない。健康的だ。


 両手でずっしりとしたこの架空の1キロカレーを持ち上げて眺めてみるが、成程かなりのサイズだ。
 この関取級のカレーライスを、レジで温めてくださいというのは気が引けるし、店員も温めますかとは聞きたくないだろう。一体何分温めたら中まで温まるというのか。
 もちろん私のはエア1キロカレーであるから、温め時間など気にする必要はない。エアレンジで、
「チン!」
 としてやれば私の脳内で適切な熱量に設定されるのだ。
 時間も使わず、電気代もかからない。エコだ。


 エア温めをしたエア1キロカレーに早速箸、もといスプーンをつける。当然のことながらスプーンも実在しない。小物には頼らない。
 ぐっと虚空につきこんだスプーンに思った以上の手応え。
 今日は尋常でなく気圧が高かったのだろうか。
 否、脳内で設定された白飯の重さが、実在しないスプーンに与えた手応えである。
 これは期待できそうな重みである。


 ふわっと鼻に届くカレー独特の香りは勿論現実には存在しない。
 だからあくまでも私の記憶に忠実に再現される。
 ここで重要なのは決して、
「美味いカレーを食おう」
 などとは思わないことである。


 記憶の中には様々なカレーがある。
 その中で一番おいしかった記憶を思い出すのは難しいことではない。
 多少美化されたりしている分、実際のそれよりもよほど美味しく感じるかもしれない。
 だがここにある(実際にはない)のはあくまでもコンビニのカレーであって、カレーに全力を費やしたカレー屋のカレーではないのである。


 あくまでもコンビニの、そこそこ美味しくいただけるカレー。
 それを忠実に模索しなければならない。
 廉価で、手軽に、美味しく。


 一口目。
 この時点ではただの「ふり」、「真似事」に過ぎない。


 二口目、三口目と続くにつれて、エアカレーも堂に入ってくる。
 舌の上に熱を感じる。ちょっと温めすぎたか。だがこれでこそカレーという感じもある。


 100グラム。
 具材は小さめで、口の中でほろほろ崩れる。かろうじてじゃがいもと人参の区別はつくといったところ。
 じゃがいもの素朴な感じが、なんだかほっとする。
 こういう、芋がカレーに溶けてる感じのカレーは、なんだか好きだ。
 ともすれば野暮ったい感じが、素朴という段階に引っかかっている。


 200グラム。
 カレーの香りというのはどうしてこう食欲を誘うのだろうか。
 食べる前は勿論、食べている最中にもまだまだ入りそうという気持ちにしてくれる。


 しかし300グラム、400グラムと食べ進めてくると流石に飽きも来る。
 500グラムきたあたりで腹も重くなってくる。
 このくらいで収めたほうが消化器官にも精神にもいい。
 だがこれはエアカレーだ。胃もたれもしない。
 続行だ。


 しかしさすがにこのまま続けると実在しないカレーの実在しない味に舌が飽きてしまう。
 そこであらかじめ用意しておいた福神漬け(実在しない)の出番である。
 非実在福神漬けで口中を爽やかにし、改めてエアカレーに挑む。


 600グラムくらいまではエア福神漬けの助けもあってさくさく進む。
 そこそこのうまさと言っても、さすがに万人受けする味付のコンビニカレー(実在しない)である。いける。
 いける、が、そろそろあまりおいしく感じなくなってくる。
 呼吸がカレー臭くなっているようなそんな幻想さえ抱ける。


 しかしさすがに、重い。


 頼みのエア福神漬けも700グラム、800グラムと食べていくうちに頼りなくなってくる。
 むしろカレーの味に慣れた舌を誤魔化すために食べる福神漬け(実在しない)のせいで腹が重くなってくるという悪循環が発生してきた。
 何でこんなことをしているんだろうかという気持ちさえ浮かんでくる。
 いつも挑むのは自分自身であり、そして後悔するのも自分自身。
 結局最後に戦うのは自分自身なのだろうか。


 もはや福神漬け(実在しない)を腹に収める余裕はない。
 だらだらと時間をかけていればどんどん満腹中枢が刺激されて物を入れる余地がなくなる。
 100メートル走を前にした陸上選手のように呼吸を整え、一気に残りをかっ込む。


 900グラム、910グラム、920グラム、930グラム、940グラム。
 一口含むごとに辛くなってくる。
 1キログラム程度、何ら問題ないと思っていた食前がいっそ懐かしい。
 たかが1キログラム。されど1キログラム。
 食べるというよりもはや飲み下す気持ちで、一口一口を喉の奥にねじ込んでいく。
 950グラム、960グラム、970グラム、980グラム、990グラム、そして最後の一口。


 咀嚼もそこそこに呑み込んで、ぐったりと横たわる。
 ただ食べるという行為が、そこまで私を消耗させていた。
 実際には何一つ口にしていないというのに。


 エア1キロカレーを食べ終え、私はのっそりと立ち上がる。
 とにかく、出かけよう。
 腹が、減っていた。

私は慄然たる思いで、己の浅はかな考えから生まれ出た冒涜的な食物を凝視した。


教授が何か書くのかそもそもブログを理解しているのか第一に教授って誰だよと考えてみても答えが出てこない雰囲気を楽しむブログですか?

 確かにそれは私自身が病的な思考に取りつかれた病的な脳で考えだし、口にし、あまつさえ注文までした物に相違なかった。

 だがそれが思考の海に漂う妄想から、ひとたび形を持って現実のものとなって這いずり現れると、もはや私自身の矮小な脳髄から生まれ出でたとは到底思えぬ冒涜的な有様をまざまざと見せつけてきた。


 見た目はいっそ穏やかであった。清廉ですらあった。だがその穏やかさが忌まわしき偽りであることをその場の誰もが悟っていた。それは甘く香しき香りを――それこそおぞましく腐敗した果実の如き甘さを密室に充満させ、人々を昏迷に陥れた。


 到底現実のものとも思えぬ偶像ども――深淵を覗き込むが如く不気味に大きな目をした異次元の住人どもを、三次元に表現せんとした偶像ども――が、店のあちこちからこちらを狂気じみた視線で私の滑稽な様と怯えようをねめ回し、嘲笑っているようだった。


 その冒涜的なまでに異次元に侵食された店の主は、この地獄よりにじみ出たような食物をカウンター越しに手渡した時から変わらずに、狂気じみた笑いを唇の端に乗せてこちらを観察しているようだった。

 店に集った客はみな一様に白痴の如く呆けた、しかし隠しきれない邪悪な笑みを浮かべこちらをうかがっているようだった。


 意を決して挑んだ私を嘲るように、おぞましき邪神にささげられたこの供物は、宇宙的な恐怖を私の舌と脳髄に刻みつけた。

 この世のものならざるおぞましき組み合わせは、名状しがたき味覚をこの地上に現出させた。

 宇宙を支配する知性も魂ももたない異形の神々が舌の上で呆けて踊り、下劣な甘味とかぼそく単調な塩気の味わいが混ざる味神経の深奥にて、冒涜的な味情報が吐き散らされていた。


 だが私は勝利する。

 冒涜的な嘲笑が私の無様に怯えるさまに降り注ぐ中、しかし私は打ち勝つのだ。

 吐き気をもよおすほどの邪悪な味覚が喉を過ぎ、おぞましき感触が胃の腑に到達する。


 だがこれを超えればすべて終わるのだ。


 そろそろこの記事を書き上げてしまおう。

 胃の腑が音を立てている。何か壊れた機械を無理に回転させるような音を。

 しかし胃を荒らしまわったところで私の食事を止められない。


 いや、そんな! あの白濁はなんだ! 皿に! 皿に!



 (意訳:すごくおいしかったdeath)