哲学ブログではありません。虚です。

今となってみると哲学者でサッカーとかやっていたのが懐かしいなとさえ思いますね。

 

 

本題はこちら

 

https://hibiki-radio.jp/description/yayasuki/detail

 

鷲崎さんと若手男性声優の千葉翔也君のラジオ「今んとこやや好き」

このラジオはフリートークのみでリスナーからのメールもあまり読まないのが特徴な異色な番組なのですが

このフリートークが深層心理や考え方、本能のような、かなり人間の内面的な所に深く潜っていくような話題が多いんです。

そしてそんな難しい話題に、すぐ理解を示す千葉君というのがなかなか面白い。

隔週配信でかなり更新を楽しみにしているラジオなのですが、この番組の第9回。

46分頃から「好き」について語り合っているのですが、ここがかなり共感できるし聴き応えがあります。(前半のやよい軒、ねぎしでご飯おかわりする、しない問題も面白いです)

 

以下ポイント

 

・好きのキャパシティについて

 

一つを好きになってしまうと他が全く見えなくなってしまう人。

これも好き、あれも好きと広く浅く好きになる人。

どちらが正しいという話でもないですが、一般人ではないオタクだったらやはり前者でありたいし

本能的に前者だろうなと思います。

そしてその好きにはキャパシティの限界がある。

人によって使える熱意、時間やお金も違うから人によって異なってくるかなと。

私はこのキャパシティが大きい方だと自分で思いますし、故に複数の方を追いかけていたりしますが

それでもイベントが終わった後は直近の方のことしか考えられなかったりします。

ただもちろん限界があって、好きの分母を増やしすぎると1つずつに振れる量も少なくなってしまうので

中途半端にならないように注意が必要ですね。自戒。

 

・好きに追いかけられる危険性について

 

好きは追いかけるものであって、追いかけられるものではない。

これ名言すぎますね。

例えば声優だとしたら、この作品見ていないのに~さんを好きって言っていいのか?

とか、イベント行ってないのに好きって言う資格があるのか?と自分で悩む方もいれば、他の方に指摘される方もいるでしょう。

けど好きになるのには資格なんてものは必要ないと思うんですよね。

出演作品を全てチェックし、感想を好みに合わせた可愛い便箋に書き、プレゼントを選び、イベントに行ってボックスに入れる。

私はこの繰り返しが全部出来てこそのオタク活動だと思っていますが、自分の中でそれが当たり前にするべき行動、習慣になっているだけで、それを他人に強制なんて出来ないと思っています。それは人それぞれキャパシティや熱量が違うから。

ただクイズを解くのが楽しいエンジョイ勢に、いわゆるガチ勢がなんで回収しないのか?予習の回し方が悪い、なんて指摘するくらいナンセンスだし、老害感があってだっさいです。

ただこの件で同時に思うのは、そこまで振っていないのに大きい声で語らないでほしいなとマナー的には思ったりします。

例えば、ここのラーメンは世界一うまい!他の店のラーメン食べたことないけど。って発言したとすると、ラーメンガチ勢からは白い目で見られると思います。好きに資格はいらないですが、好きの熱量がやべえ人からどう見られるかとかを最低限考える必要はあるなと。

 

そしてこのオタクサイクルですが、これをどこかで苦しいと感じるようになったら、オタクの終わりかなとも思います。

義務アニメ、円盤なんていう言葉を私はよく使い、喋ったから100点なんていう冗談も言いますが、推しが出ている作品は

まず推しがどんな芝居をするのかを楽しみ、そしてその後に内容があるので、どんな虚無作品だとしても0点ではないんですよね。(無敵)

顔だけだったらアイドル現場とか行けばいい訳で、芝居が好きというのは声優が好きという大きな理由なので。少し話がそれますが、顔が好き~ってうるさく言ってる奴ほど気づいたら現場から消えていたりします。(経験則)

そして便箋選び、プレゼント選び、これは一生楽しい。ボックスに入れるだけなのでもちろん反応は見えないですが、送った時にどういう反応をしてくれるだろうかと考えるとなおさら楽しいです。イベントもチケ取りにしんどさを覚えることもしばしばですが、作戦を自分で考えたりなんやかんやでこれ含めてイベントを楽しんでいるなという感じがします。そしてイベントが終わると大抵苦労して良かったな~と良いスパイスにすらなっている。

ただこれらのサイクルを行っていくなかで、トータルで楽しいより苦しいの感情の方が勝ったとしたら、その時は(年齢関係なく)オタクをやめるときかなと思います。

俺はこれを好きなんだからこうしないと。そんな義務感でオタクしてても虚無感しかないですしね。

 

 

 

・好きを共有するかどうかについて

 

これも人によって違うだろうなという話題。

私は自分の中で好きについての答えのようなものを導き出せたなら誰とも共有する必要ないんじゃね?側ですが、人によってはツイッターなどでやたらとRTしてみんなに広めようとする方もいますし、イベントが終わった後に感想戦をめちゃくちゃしたいと思う人もいる。

ただこれに対しての千葉君の考え方も共感できるところがあります。

歌や芝居が上手いとかの技量については自分だけで良い。ただこれまで頑張ってきた過程や内面的な推せるポイントのようなものは共有したい。いわゆる学会は好きの共有の場な訳ですが、僕が発表している内容も後者の方が多い気がして、これもわかるなと思いました。(ただしラブアタックやTGCは除く)

歌がうまい、可愛いなんてものは少しでも見たことがあれば誰でもわかることですからね。言うだけ野暮というか。わざわざ言葉にすること自体がナンセンスな感じがします。

 

 

 

 

 

…と、好きと一言に言ってもなんだか色々難しい訳ですが、今なぜこんな話をしているのかというと、9月に入ってリアルイベント緩和の流れになってきているからです。座席は空けて少人数+配信チケットもありという形でまた半年ぶりにイベントの日々が始まりつつあります。

自分の好きに正直に。無理しない程度に無理をする。まだまだ厳しい情勢ですが、これからも好きを楽しんでいきたいですね。

 

 

 

 

また気が向いたら更新します。

 

 

 

終わり


4年。数字に表すとかなり前だなと思うけれど、そこまで前の出来事という感じもない。
しかしあれから数え切れないくらいの印象的な現場や言葉や物語がたくさんあって、そういった点からすればかなり前なのかもしれない。



4年前の今頃、幕張にいた。
開演前の楽しみと緊張が入り交じる中でのランチで食べたカレーの味、サプライズの新曲発表で初めて音楽で流した涙、最後の挨拶、それぞれがそれぞれの光輝く出口に退場していく演出。今でもはっきりと覚えている特別な1日。



全て終わった後、退場していくオタクの中には路肩に崩れ落ちて泣き叫んでる人もいて、そんな声を聞きながら私も死んだような顔で退場して、くたくたのはずの帰りのバスで一睡も出来ないくらい泣いた。
今でも幕張メッセに行く度にあの時の光景が泣き叫ぶオタクの顔面を含めてフラッシュバックする。あの時はこれからどうやって生きていけばわからないくらいのロス状態だったけど、4年たった今ではたまらなく懐かしい良い思い出だと言える。



2017年4月3日
花を贈った。


2018年4月3日
ソロでの1stライブを直前に控え、感慨深い気持ちで円盤に見入っていた。


2019年4月3日
去年の記事参照


今年で4年が経ち毎年特別な気持ちで今日という日を迎えていたが、去年に関しては悪い意味で特別な気持ちだった。
そして今になって思えば、2019年という年は私にとってマイナスな出来事が多かった。
藤田茜さんのナナシスからの脱退(キャスト変更)。元々表に出てアイドルするタイプではない、自己評価が低すぎる(めちゃくちゃ歌上手いのに自分ではコンプレックスらしい)、3人ユニットの内の1人が声優を引退してしまった、これらが大きな理由だと思うのだけど、外野からは無責任だとか、ナナシスよりデレの方がギャラが良いからそっちを取っただとか、仕事選べる立場か?とか心無い言葉が多くて辟易した。

そして7月の京アニの事件。好きな人の悲しむ姿を見るのがここまで辛いとは思わなかった。お前そんなに京アニ好きだった?みたいな外野のオタクが過剰反応してツイッターで騒いでいるのを見て、悲しみの大きさに優劣はないとはわかりつつも、ツイートをする余裕すらないくらい精神的ダメージを負っている子達のことを考えると、また辟易した。
オタク活動を続けて7年。今まで楽しさしかなかったのに、かつてないマイナスな出来事が多い1年だった。下手していたら本当にオタクやめていたかもしれない。



そしてそんな2019年を乗り越えた先の2020年。年明けから渕上さんの声を聴く機会が多かった。2月に新曲をリリースする関係でいろんなラジオにゲストに来ていて、そこで印象的な話をしていた。歳を重ねるのが楽しく感じてきた。というもので、以前にもそのようなことをツイートしていて驚いた覚えがあった。渕上舞といえば「不老不死になりたい」「死にたくないから助手席に乗りたくない」という発言があるくらい、歳を重ねることと死を迎えることに抵抗があったはず。それに変化が見られていた。

そしてアーティストとしてもこれからもっとこうなりたいとか、昔と比べてこう変わったという話もしていて、前に進んでいることがはっきりとわかって嬉しかった。
そして新曲のリリイベを経てデレ7th大阪公演。2nd以来約6年ぶりの薄荷。FCイベなどでリクエストもあったがずっと歌っていなくて、イントロの瞬間に驚愕の声が漏れてしまった。オタクとしてはあの時の光景やいろんな思い出が走馬灯のようにかけ巡り、感情が大変になってしまったのでした(おしまい)だったのだが、そんな特別な歌を「発火から薄荷(笑)」とか「久々に歌いました」と特に感慨を感じさせないあっさりした言葉で片づけていて、渕上さんらしいカッコよさ、サバサバだなあとたまらなく好きになってしまった。
過去のどの瞬間の渕上さんより今この時点の渕上さんが史上最高に好き。そう思えただけで参加した甲斐がある公演だった。



沼倉さんは昨年結婚されて今年2月のアーティストとしてのラストライブも無事に成功し綺麗に終わりを迎えることが出来た。山村さんは年々アニメでメインを演じることが増え、プリキュアやサクラ大戦といったビッグタイトルに出演することも増えた。それぞれの光輝く出口に退場していく演出が、まさに現実のものになっていた。
そう思えたのと同時に、去年の出来事が良い意味でどうでもよくなっていた。



過去は懐かしむ物であって、戻りたいと思うものではない
想い出は温めるものであって、固執するものではない



Tridentは特別なユニットだったのだけど、そのユニットの肩書なんてさして意味はない。それぞれがあの時の活動を経て成長したたしかな「今」の方が大事なのだと思えた。



「いつか終わりがあるから、そんな奇跡みたいな今を全力で走るべき」
「全てが終わった時に虚しさではなく、自分の心の中に黄金の塊を残せるような活動をしてほしい」



某アイドルゲームコンテンツが伝えたいテーマ、メッセージなのだけれど、これは私がオタク活動をしていくうえでのテーマと(不服ながら)合致する。
そして話は少し変わるが、そんな「今」が奪われ続けている現状がとても歯痒く、悔しい。
なくなったとしても落ち着いたらまた似たようなのやるだろうから良いじゃんと思う方もいるかもしれない。けどそんな保障なんてない。



これは私の持論なのだが、女性声優30歳限界論という考え方がある。30を超えると出演作の役柄もメインヒロインからサブキャラにシフトし、イベントの露出も減る傾向にある。下には若い子がいくらでも控えていて、そちらの方が安いギャラで使えるのだから当たり前かもしれない。
そして私が今応援してる声優さんは皆さんアラサー(一人は今年33歳)である。疲れてしまうくらいに楽しい「今」もあと何年続くのかわからない。そういう点では20代前半とかの声優を推してる方が羨ましかったりする。(のだが干支一周離れると考え方が合わないしやはり厳しい)



そんなことで貴重なリミットのある「今」に邪魔が入っている現状が悔しいのだが、同時に感謝することも多い。
興行的なダメージが大きいのに代替配信を企画してくれる運営スタッフ(や向)、彼らのおかげで虚無な週末に光が宿る。また声優さん自体のツイートにも元気を貰えることも多い。彼女らも出演料がなくなり、ダメージもあるだろうにこちらを気遣ってくれる。
そんな方々の思いを無駄にしないためにも、今は無茶な行動はとらず、じっと耐えるしかないのかなと思う。平穏が訪れた時に感謝を伝えれるように色々と準備はしていきたい。



来年の今頃1年前を振り返った時に、今年のように、良い意味でどうでもいい悩みだったな〜と思えればいいなと思うばかり。
いつも以上に取り留めのない文章でオチもないのは、それなりにお酒を呑んでいるからです。俺は耳がおかしい。



みんなそれぞれ辛いことも多いと思いますが、エガオマニアで頑張りましょう。雨の後はきっと虹🌈👚





終わり








お久しぶりです。
2019年のまとめです。



□クイズ



すっかりやらなくなってしまいました。
理由としては単純に時間がないのもあるんですが、今年からイベントの数が多い現場に通うことが多くなったので、どうせSGもイベントと被るしなあという気持ちからなかなかモチベーションが上がらず…ということもありプレイや復習の頻度が下がってしまいました。
それでもたまにやると昔の遺産で勝てたりするのが楽しいです。大してプレイしてないのにSGの結果だけを見てご意見番ハリーと化すという、大変ズルいポジションになってきてるなと思うんですが、それくらいの距離感でクイズとは関わっていければなと。クイズ関係者とクイズ以外の話をするのは大好きなのでボドゲやろうぜボドゲ(喝)



□オタク


10/10/61/20


重なってるのを省けば80〜90ぐらい。
今年に入って高田憂希さんのイベントに参加する機会が増えました。というか現状ここに最優先に力を注いでいます。
去年の僕は渕上舞さんが最優先でした。なんで優先度変わってんねんという話なんですが、簡単に言うと「満足した」ということです。
昨年の12月のシンデレラの名古屋公演、そこで僕が見たのは推し始めの時に夢見た光景でした。何も喋れなくて、要領も悪くて、ただ歌だけは信じられないくらい上手い。そんな彼女を初めて見た時にまず思ったのが「この人には無限の可能性がある。もっと売れないとダメだ。こんなつまらない人間関係がきっかけで埋もれてたらダメだ」という気持ちでした。そしてこの人が売れるまで応援し続けようと決めました。その時の漠然とした売れるというイメージが「大きな箱でのライブ」でした。それから5年、楽しかったり、時には悔しかったり、いろんな気持ち、思い出を共有して、追いかけました。一生忘れられないような言葉だったり、景色を見せてもらって、その中で確実に成長していく彼女を見るのが嬉しく、楽しかったです。そしてその成長の終着点が去年の名古屋公演でした。Trinity Fieldを完璧に歌い終わった後の満足そうな笑顔。それを見た時に泣きながら不思議な満足感を感じました。成長の終着点と言いましたが、彼女自身はこれからも成長を続けていきます。ただもうこの人は応援しなくても大丈夫だな、十分やっていけるなと思ったんです。とはいえもちろん好きなので、出演作品のチェックやラジオや新曲を聴いたり、手紙やリプライを送ったりはします。ただイベントに全通する勢いで参加したりはもういいかな、周年ライブだったり、本当に行きたいなと思えるイベントだけでいいかなと思いました。
そしてそのタイミングで現場に通ってみたいなと思ったのが高田さんでした。去年の夏頃から合間合間に少しずつイベントに参加して人となりを知ってみて、もっと深く知りたいと思ったのです。最終回を迎えたのにすぐ強くてNEW GAMEが始まってしまうのはどうかしてるというご指摘もありましたが、こればかりはタイミングが重なったというだけの話です。
そして年明けから高田さんを最優先に動き始めた訳ですが、そこで見た景色は今までにないものでした。渕上さんはいつも弱さを見せなくて、本当は誰よりも努力してるのに、そんな素振りを全く見せず、出番を確実に淡々とこなし、颯爽と帰っていく、仕事人のようなカッコよさがありました。ただ高田さんはそれとは真逆で、プラスの感情も、時にはマイナス方向の感情もこちら側に伝えてくれる機会が多く、人間臭さに溢れていました。今までそういう方を追いかけていなかったこともあり、そんな真っ直ぐさに急速に惹かれていきました。作品、キャラクター、共演者、ファン、それぞれを平等に、大切に想ってくれて、聞きたい言葉をいつも聞かせてくれる。優しさ、暖かさに満ちあふれていました。
そしてこれも個人的に嬉しかった言葉なのですが、時には年100以上のイベントに出演しているような方が、「一番したい仕事はお芝居の仕事」「もっとキャラクターを通して人に寄り添えるような役者になりたい」とはっきり言ってくれたことです。これはよく一般寄りの方に言われることですが、「なんで声優なの?アイドルじゃダメなの?」と聞かれることがあります。これに対する答えって僕には1つしかなくて、「アニメが好きだから」なんです。だからこそ、この言葉はとても嬉しかったですし、もっと彼女がいろんな作品、キャラクターに出会えるように応援したいなと思いましたし、誰よりも作品、キャラクターを平等に愛している彼女だからこそ、そんな夢を叶えてほしいなと心から思いました。


最初の方に満足したと書いておきながら、未だに後ろめたい気持ちはあります。行きたいイベントが重なってしまい、歯がゆい気持ちになることも今年多々ありました。
身内の方がよくネタで「昔の女」扱いするのも、笑って否定してはいるものの正直少しストレスには感じています。簡単に飽きれるほど薄い時間を過ごしてきたつもりはないですし、あの時間があったからこそ今の自分がいると常に思っています。自己満足の世界なので、別に他人に自分がどう思われようがはどうだって良いんですが、すぐ飽きたり忘れる程度の声優なのだと思われるのはやっぱり悔しいし申し訳ないので、らしくないですがあえて書かせてもらいました。




いろんなものを犠牲にして僕は今の場所にいます。なのでその分まで今を全力で楽しんで、後悔のないように来年も活動していければなと。






まあ30になったらオタクやめるんですけど!(ここ笑う所)




2019年もありがとうございました。
色々と情けなく、他人に甘えて生きているような虚さんですが、これからも仲良くしていただけると幸いです。




終わり