アレクサンドルⅡは1861年に農奴解放令を出して近代化への一歩を踏み出すも、内容は農民に土地を有償で分与するというものであったために結局は失敗に終わる。解放された一部の農民は自営農民や自由な労働者となり工業化へと進展、ロシア資本主義の基盤となった。
又この同時期63年に前皇帝ニコライⅠの起こした七月革命に乗じ、ロシアの支配下にあったポーランドの農民たちが反乱を起こす。アレクサンドルⅡはこれを鎮圧、ロシアは再び専制政治を強める形になった。
アレクサンドルⅡが死に至る迄には、インテリゲンツィア(知識人階級)たちの動きがある。インテリゲンツィアの一派であるナロードニキ(人民主義者)による改革だ。彼らは「ヴ=ナロード(人民の中へ)」、というスローガンの下、農民を啓蒙し、農村に平等な社会を築こうとした。しかし農民たちの無視・弾圧が相次ぎ、彼らの運動は息詰まり失敗に終わった。そして結果として政府を倒そうとする思想が広まり、ニヒリズム(虚無主義)、アナーキズム(無政府主義)、テロリズム(暴力主義)に陥り、アレクサンドルⅡはその犠牲となり暗殺された。
BGM:誘惑コレクション(シド)
