うちの庭には、昔から竜胆と吾亦紅が疎らに咲いていた。蒼と紅紫のそれらは、微力ながらも我が家の庭を彩ってくれている。
 異変に気付いたのは、新学期が始まってから一週間後の事だった。元々学校という所が大が付く程嫌いな私は、怠惰な性格も祟って、学校を無断で休むようになっていた。俗に云う"ズル休み"とやらなのだろうが、それは大きな間違いだ。──学校に行く行かないは自分の意志に因るものだ。休もうが休むまいが個人の勝手である。それなのに"ズル休み"とは何だ。義務教育ならまだ頷いてやるが、こちとらそんなものは2年も前に脱した身だ。欠席も出席も、誰に何を云われようが、結局の所最終的には私の意志が最大の決定権を持つ。子供の屁理屈だと云われようが知ったことではない。甚だ馬鹿げている。…そんな理由で、私は今学校には行かず自宅の庭に座り込んでいるのだが、どうにも最近、うちの吾亦紅の様子が可笑しい事に気付いた。私はいつもの場所に座り込んで(庭を見渡せるから、お気に入りなのだ)各々に咲く竜胆と吾亦紅を眺めるのが日課だった。それ故に、いつも眺める景色に多少なりとも変化が現れれば、容易に気付くことが出来る。そして私は今、その僅かながらの変化に気付いた現状に在る。

──うちの吾亦紅は、こんなに紅かっただろうか?

吾亦紅は一般的には紅紫色で、その吾亦紅が紅を彩っているのは何ら問題は無いのだが…。…その紅が、何だかここ最近にかけて、異様に鮮やかさを増しているのだ。元々は深みのある落ち着いた紅紫だったが、今は例えるなら、紅紫というよりも最早血のような鮮やかな紅になっている。…ああ、そういえば母がいつも云ってたっけ。「吾亦紅は綺麗だけど、血を吸うから気をつけなさい。」今時小学生でも信じないんじゃ無かろうか、と思う。しかもそれじゃあ、"桜の花弁は土に埋められてる人間の血を吸って色づいている"とかいう有りがちなハナシのパクリとしか云いようがない。などと思いつつ、本当にそうだったら面白いかもな、とも思っているのも事実なのだった。

 「すいませーん。」
ぼけっと吾亦紅と竜胆を眺めていたら、不意に女の声がした。…多分、委員長だろう。私が学校に来ないために、わざわざプリントだの何だのを届けに来たという所だな。この間もそうだった。失礼かもしれないが、つくづくお節介な奴だ…と思う。委員長に会えば、学校に来い!と五月蠅く喚かれるのが目に見えているので、私は無視を決め込むことにした。
「おーい。どうせ今日も家にいるんでしょう?」
カシャン、と庭の扉の開く音がした。…おいおい、それって不法侵入って云うんじゃないの?委員長。しかもどうせ、って何だ。失礼な奴め(実際いるけどさ)。ジャリジャリと庭の小石の擦れる音が此方へ近付いてくる。ああもう、私の平穏を壊しに来んでくれ。頼むよ委員長。
「あ、何だやっぱりいるじゃない。何してるの、庭なんかに座…」
当然の如く私は委員長に見つかってしまい、私は落胆の溜め息を目一杯に吐こうとした

…の、だが。

何やら、委員長の様子が可笑しい。私を見るなりその場にへたり込んだ(いや、寧ろ腰を抜かしたような)ままなのだ。…委員長、どうした?あ、私に惚れちゃったのか?残念ながら私は女で、そっちの気もないぞ。などという冗談を考えていたら、委員長は尋常ではない様子で走り去ってしまった。あまり慌てていた所為か、赤縁の眼鏡を落としてしまっている。しかも少し待っても取りに来ない。一体何なんだよ、これじゃあ私が届けに行かなきゃいけないのか全く。仕方なしに私は委員長の忘れ物(落としたためレンズは異様に汚くなった赤縁が素敵な眼鏡)を拾い上げようとその場から立ち上がろうとした。と同時に、私は二つ目の異変に気付くことになる。
 身体が、動かない。それも全く、微動だにしない。これはどういうことだ、と思考を巡らすも、さっぱりわからない。庭で揺れる吾亦紅が視界を奪うばかりである。ふとよく見ると、吾亦紅と一緒に、私の足が目に入る。何だか嫌に皺だらけで木の幹の様だ。私はまだピチピチの高校生だというのに!

 私はここで漸く理解する。ああ、母の云ってたことは本当だったんだ。マジだったんだ。スゲーな私のお母さん博識!吾亦紅は、私のおかげで最近こんなにも元気に紅々としてたのか。お前たちの役に立てたことが何だかとても嬉しいよ。うん。…あ、ごめん委員長。そういう訳で眼鏡、持って行けそうもないや。ていうか新しいの買って貰いな、ね。








うちの庭には竜胆と吾亦紅が咲いている。
──ただ吾亦紅は普通のものより少し紅が鮮やかで、最近竜胆の綺麗な蒼がその所為で萎びて見えるだ。

【微風、揺れる走馬燈】