今日はこの曲。
とかいう気分の日ってあるよなー、
と思う。
最近はずっとスネオヘアーの「ターミナル」とかだったけど
今日は何か知らないけど
ちょっと幸せ気分になりたくて、
多分昨日よりはちょっと幸せだったんだろうけど、
くるりの「春風」とか聴いちゃったりして、
口ずさんでみちゃったりして、
公園の落ち葉がかさこそ鳴るように歩いてみたりして。
昨日より寒くなくて、
風もおさまりつつある。
いい日だ。
でも、何も生み出してないな。
そんな日もある、という事にしとく。
ナイロン100℃
を観に行ってきました。
『ナイス・エイジ』の再演。
とは言っても初演を見たことがないので、比較は出来ないし。
とにもかくにも、
やっぱりいつものごとくOPにやられる。
しかし、前回見たのが『カラフルメリィ…』だったが故の
ストーリーの薄さが気になる。
テンポ感が悪いとかそういうことではなく、
それに関してはむしろいいくらいなんだけど、
「観た!」という感覚が今回は少なかったかなと思った。
それは今回がナイロンの主力とも言える
イヌコさんや三宅氏を欠いた作品だったからなのだろうか?
うーん、何か違う。
やっぱり個人的思い入れの問題か。
多分もう一回観たら変わるんだろうけど。
客演の方たちも、ナイロンとは今回が初めてという方たちが多かったせいもあるのかなぁ。
借りてきて観た『キレイ』の再演版の方が
よかったと思ってしまうのは多分私の感受性の低さゆえです、すいません。
ヘルタースケルター
を読んでいる。
繰り返し、何度も何度も。
最初は何だよ、これって思ったけど、
読み返せば読み返すほど
主人公が悲しくなってくる。
けど、可哀想と言うのとも違う。
どうしようもない降下するだけのスパイラル。
それでも必死でもがいて足掻いている様は
美しく、切なく、どうしようもなく、痛い。
たった一つの願いが、
多くの人を巻き込んで、
多くの人の願いをも吸い込んで、
でも吸収されるわけでもなく、
願いの一つ一つが、叶えられるために必死に足掻き、
結局は調和を乱す。
はじめから調和なんてなかったかもしれない。
けれど主人公の存在は絶対的で、
美しさだけでは図れない、
そんな魅力が、力が溢れている。
ただただすごいと思った。
こわいのか、なんなのか…
最近はもっぱら就職活動やインターンで東京に出る毎日。
交通費はバカにならないけれど
やっぱり刺激を受けるので身体の疲れはなんのその。
今は某シンクタンクでのインターンをしているので
プログラミングとかを勉強中。
社員の方との喫煙室での会話はかなりの癒し。
日曜はサークルの忘年会。
大好きなOBの方たちもたくさん来てくださり
幸せなひと時。
いつもいつも人生論とか就活とかの話を聞いてくれる、
そして私自身も聞かされる先輩とは
その日はなんとなく話すのやめようかなぁ、
と思っていたのですが、やっぱりつかまりました。
そしてまた同じ話。
なんというか、その人には最近彼女さんも出来たことだし、
幸せ度が違いすぎるんだろうなぁ、とちょっと嫉妬していたこともあり、
また、自分が話したいOBの方もいたので
何か複雑でした。
話が出来る人がいるってのは
すごく恵まれているのは分かっているんだけれども
やっぱり、どこか線を引いてしまうのは何でなんだろう。
何かこんなことを書いていると
まるで自分がその人を好きだったかのように思えてくるし、そう感じさせてしまうのだけれども
でも何か違う。
ずっと同じように話を聞いてくれているけど
今の状況と前の状況は違うわけで。
そこがやっぱりお兄ちゃん的存在を人にとられたみたいな
そんな感情には知らせているのかもしれない。
うーん、よくわかんないけど
そういう風に思う。
でもその人にはちゃんと幸せになってもらいたいってのはあるしなぁ。
とにもかくにも、
ま、楽しかったわけですけども。
図書館
うちの大学の図書館はかなりの充実度。
めちゃくちゃ古くてページが取れちゃいそうなものまでいろいろあります。
昨日はF川先生の本を探していました。
先生は社会工学、主に行政関係を専門にしていらっしゃった方です。
過去形…なんですよ、もう。
去年はあんなに元気そうだったのに、
つい先月なくなられたそうで…
先生の学生に対するからみとか(授業での)
いっつも水筒持ってくるとことか
質問票とか配ってくれて
次の時間にきちんとこたえてくれるとことか
いい先生だなぁ、いい大人だなぁ、
と一人でしんみり。
社学には先生のことをあまり知っている人がいません。
先生の授業を取っていたのは自分くらいで…
研究もめちゃめちゃちゃんとやってて
先生の鏡的な人だっただけに
痛手だろうなぁ、と思います。
ここからはどんどん、東大、早稲田とかに
人材が流れていってしまう…つらいなー。
先生はもういないけど、本を探している自分。
なら、もっと聞けばよかったのに。
本しか、もう先生を知る事の出来るツールはないんだな。
と、またしんみり。
でも、本っていうツールは偉大なもので、
何百年も前に死んだ人の考えたことだってわかってしまう。
すごいなぁ、本。
昨日も今日も明日も…
ただいま帰宅。
今日はサークル飲みでした。
昨日はバイトの飲み。
明日は学類誌の飲みです。
飲んでばっかり…
今日の飲みはとりあえず居酒屋から始まり、
カラオケで一応の締め。
でーも!
今日はその後があったんだなぁー!
先輩(D1?2?)と一緒にバーで飲みなおし。
結構大きめのテレビがあったのでW杯鑑賞。
チェコ VS ガーナ!!!
なかなか面白い試合運びでした。
チェコの方が格上(FIFAランキング上は)なのにもかかわらず
0-2ですよ!!すげー。
後半になっても衰えないガーナの選手陣。
強靭な肉体に拍手。
でも肉体だけじゃなく、
皆で気持ちのいいサッカーをしようという気概が感じられたのが
すごく印象的。
攻めの時も中盤がしっかり上がってる。
守りのときもFWを2枚残して皆で守っている。
プレスは大体2枚。
気持ちいいくらいの「全員サッカー」を見せてもらいました。
FWにとってはちゃんと勝負できる環境、
そして守備陣にとっても心強い環境を自分たちで作っている印象でした。
実に面白い。
これだからW杯はやめられない。癖になる。
他国の試合でも魅せられる試合がたくさんある。
で、まぁ先輩とはずっとサッカー談義をしてました。
特に何かあるわけでもなく。
まー相方には失礼な話ですが、
たまにはこういう風に違う人といろんなことを話すことでかなり刺激されることがあります。
いろんな人がいるなぁ、ってしみじみ。
明日はいよいよクロアチア戦。
フランス大会のときのクロアチアのボバンという選手を知ってから
クロアチアは結構好きです。
ボバンはもっぱら顔が好きだったのですが。
あと、ユニフォームもね。
ユニフォームといえば、今日のガーナのアウェイ用もかっこよかった。
レプリカが欲しい…
アビバ
mixiに書くのはなんとなく嫌気がさしてきたのでこれからはこっちに書くことにします。
めんどくさいけど。
そんな事は言ってもめんどくさいこと≒やらなくてはならないこと、なのが日常です。
がんばることとします。
というか、感じたことを忘れてしまうのが嫌なので。
メモ帳代わりです。場所もとらないし。
昨日、
『おわらない物語―アビバの場合―』(トッド・ソロンズ監督)を鑑賞。
この監督の作品は『ストーリテリング』を以前観た事がある。
だって片桐仁が、ビデオのパッケージでコメント書いてたんだもん。そりゃあ、観るわ。
mixiのレビュー欄はかなりの誹謗中傷じみたレビューがわんさか。
う~ん、なかなか刺激は強いのだけれど。
あらすじとしては、
13歳の女の子、アビバはずっと同じ夢を持ち続けている。
それはたくさん赤ちゃんをもうけて、「常に誰かを愛していたい」というもの。
その願いは両親の友人の息子によってめでたく(?)かなえられるが、
勿論、アビバの両親は激怒。
アビバは強制的に中絶させられ、しかも手術トラブルにより子供を作れない体になる。
麻酔の切れ始めた朦朧とした意識の中で、その話を聞いてしまうアビバ。
絶望した彼女は家出する。
ヒッチハイクを続け、出会ったトラック運転手と一夜をともにし、逃げられる。
たどり着いたのはママ・サンシャインの家。
ここでは様々な事情を抱えた子供が受け入れられ、共同生活をしている。
それを世話するのがママ・サンシャインとその夫。
彼らは、非常に保守的で中絶反対派。
ある夜、アビバを担当した医師を殺害する計画を立てているのを聞いてしまうアビバ。
しかも、殺しを依頼されていたのは、あのトラック運転手だった…。
自分自身も中絶していたことがばれていることを知り、家を逃げ出すアビバ。
しかし、彼女が向かったのはトラック運転手の住むトレーラーだった。
2人で医師殺害を成し遂げたあと、運転手は射殺され、アビバは警察に保護された。
アビバは家に戻り、そして…
この映画の特徴として
1人のキャラクターを8人(人種、年齢、性別の異なる)によって演じさせた、ことがある。
このことによって、外見ではない、本性の部分でアビバを感じて欲しかった、
と監督は言っているんだけれど…
実際問題、無理。
どうしても無理。
やっぱり同じ人には見えないよ…
確かに、そういう外見だけじゃない部分で人を判断する事は大事だとは思うのだけれど、
外見も内面を反映しているものだと思っているが故に
自分には無理でした。
あと、キーワードとして「回文」があるんだと。
「たけやぶやけた」とか「しんぶんし」とか前から読んでも後ろから読んでも同じ言葉の事。
つまり、アビバ(AVIVA)は名前の時点で回文。
映画の展開としても、家→外→家、というように、
そしてアビバが最後に言われる言葉は、
「人間はかわれない」という事。
「あなたはあなたなんだから」というアビバの母は、
「わたしは変われる」、「変わろうとしてる」という。
でも結局、自分は自分でしかない。
どんなに変えようと思っても本質的に変わるものではない。とかなんとか。
結構、厳しいご指摘をどうも、監督。
自分自身、「変わろう」としている人は嫌いなのでかなりすっきりしました。
変わる、ってどこをどう?自分という存在性からの回避というか
今まで自分のやってきたことを放棄するような言い分に思えて嫌なんですよ、私は。
だから、こういう風に実も蓋もない感じで言ってくれちゃうと非常にせいせいします。
すかっとするー。
あとは、気持ち悪いくらいに明るい、
ママ・サンシャインのとこの子供たち。
彼らの歌う歌とか、キリスト教をエンターテイメント化しようとする感じが、
自分の経験とかぶって、そりゃあもう、えもいわれぬ感触でした。
アメリカのダーク・サイドを観たい方は是非。
