NODA・MAP 「ザ・キャラクター」(WOWOW放送) | TEAR DROP

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ただ、想いのままに

先日、NODA・MAPの「ザ・キャラクター 」をWOWWOWで放送されたため、鑑賞しました。


感想・・・というほどのものではないですが・・



NODA・MAPの舞台はいつも人間の最も醜悪な部分をこれでもか!というほどに


乱暴に凶悪に叩きつけられるような感覚がして・・思考を遮断されるような気持ちになります。


それが最も強く感じられたのが「THE BEE」でした。


(「THE BEE 日本バージョン 」 「THE BEE ロンドンバージョン 」 の感想は別ブログにあります。よろしければ参考にリンクしています。)


今回の「ザ・キャラクター」は


「オウム真理教事件」がモチーフとされておりました。



昔、空き地に無造作に捨てられていた冷蔵庫


幼い子供たちがかくれんぼをしていて、冷蔵庫に隠れてしまう


冷蔵庫は外から開けられるけれど、中からは開けられない


そうして閉じ込められた幼い子供は中で息絶えてしまう




「オウム真理教」をギリシャ神話と絡められ、


町の書道教室の家元がいつの間にやら神になる


紙→神


主演は宮沢りえ


共演には古田新太・・・


さすがの陣営だ・・


袖を書き損じて神となり


クライマックスでの宮沢さんのセリフが印象的だった


「神なんかじゃない!袖なのよ!」


幼いままに大人になった若者が社会から隠れた冷蔵庫・・


彼らがしがみついたのは神ではなく袖だった



言葉遊びはさすがです。


アポロンから逃げるダフネが月桂樹になるシーンは恐怖で鳥肌が立ちました


ダフネという女性信者は粛清され・・皆は月桂樹になったという



あの事件から一体何年経ったのやら・・・


野田さんは日本人には身近に宗教がないことを触れておられました


身近に心のよりどころがない者はどうしても幼いままに成長する


そうするとオカルトやキャラクターにすがりつく


日本ほどキャラクターの多い国はないという



なるほど・・と思う事もある


観終わってすぐは嫌悪感と衝撃で、思考が遮断されてしまう


時間を経てから、考えなければならないことがあるな・・・と思い・・考える



舞台の良さは人の思考を刺激すること


感覚ではなく思考を磨くものなのかもしれない


ストーリーには隠れた問題点が多岐にわたってある


集中してみなければ見逃してしまう


ただ・・・野田さんのようにあまりにも劇薬だと副作用も強い


優しい薬だと効き目が弱い・・


どちらがよいかは好みの問題ですが


やはり私は野田さんは好きです。



少し時間をおいてから、もう一度観たいと思います。


「ザ・キャラクター」


また違った考えが浮かぶかもしれません。



醜悪な人間を見るのは嫌なものです


ですが・・美しいだけの人間などいないのですもの


だとしたら・・この世に犯罪も戦争も起こり得ないはず


止まることなく起こっているということは・・人間にはやはり醜悪な部分を持ち合わせているのだということ


目を背けることなく、見つめ・・律する事ができるのもまた、人間であるはず