明日のプレゼンのことなんか忘れて、今週末のロシア大会が今季の幕開けとなる、安藤美姫の魅力の続きをば!
前回は、安藤美姫が歩んできたあまりにもドラマチック
な遍歴故の魅力を説明しましたが、
今回は!今の彼女が持つ魅力をお伝えしたいと思います。
安藤選手は、女子で唯一の四回転ジャンパーの上で、最高難度の3Lz-3Loを跳べますから、ジャンプの人だと、殆どの人は考えていると思います。
しかし、自分は、「表現力」こそが安藤美姫の最大の武器と考えています。
その片鱗は、トリノシーズン、既に表れていました。自分は、当時はファンではなかったので、動画で見たのですが、「戦場のメリークリスマス」は実に素晴らしかった!あの繊細な音楽を、見事に体現していたと思います
。
しかし、メディアは四回転四回転と、壊れたラジオのように連呼するしか能がなかったので
、多くの方が見逃していたのでしょう。
世界選手権、東京大会で、多くの人が彼女の表現力、というか、その表現方法に触れることになります。「シェヘラザード」という、彼女の表現力に気付いたモロゾフの傑作で
。
彼女の表現方法、それは「あるがまま」です。
彼女自身を出しているだけ。
どれだけ、自然体で滑れるか。それだけです。
それを一番分かりやすく証明したのが、前回の世界選手権で銅メダルを勝ち取った、「オルガン」です。
はっきり言って、オルガンの振り付けは、最悪でした
。技と技の間の動きが殆どない。
跳んで、走って、回って、走って…の繰り返し。
ところが、そんなプログラムが終わった途端、会場はその日一番の歓声に包まれました!
オルガンの重厚で、どこか猛々しくも神々しい旋律に乗って、彼女は今の自分をそのまま、さらけ出しました。
あの時の、自信と勝ちたい!という思いに満ち満ちた、強い安藤美姫をさらけ出したのです。
その姿と旋律が、どうしようもない程に融合し、天界と地上の世紀末の戦いの中で、独りの女性が力強く、懸命に、自分の道を切り開き生きてゆく(自分にはそう見えたんです
)…そんな姿に、観衆は心をうたれ、心から湧いたんだと思います。
今季のエキシビション、「レクイエム」も、天に祈りを捧げ、天からの光を求める独りの女性、安藤美姫をそのまま表現。まだ見ていない人は、是非、安藤美姫そのものを見て感じて頂きたいです。
しかし、この強力な武器は両刃の剣です。
彼女に不安や迷いがあったり、冒頭で失敗して萎縮すると、それも演技にそのまま出てしまうのです。
これが人々にとっては「やる気を無くした」と、見えたのです。
…つづく

前回は、安藤美姫が歩んできたあまりにもドラマチック
な遍歴故の魅力を説明しましたが、今回は!今の彼女が持つ魅力をお伝えしたいと思います。
安藤選手は、女子で唯一の四回転ジャンパーの上で、最高難度の3Lz-3Loを跳べますから、ジャンプの人だと、殆どの人は考えていると思います。
しかし、自分は、「表現力」こそが安藤美姫の最大の武器と考えています。
その片鱗は、トリノシーズン、既に表れていました。自分は、当時はファンではなかったので、動画で見たのですが、「戦場のメリークリスマス」は実に素晴らしかった!あの繊細な音楽を、見事に体現していたと思います
。しかし、メディアは四回転四回転と、壊れたラジオのように連呼するしか能がなかったので
、多くの方が見逃していたのでしょう。世界選手権、東京大会で、多くの人が彼女の表現力、というか、その表現方法に触れることになります。「シェヘラザード」という、彼女の表現力に気付いたモロゾフの傑作で
。彼女の表現方法、それは「あるがまま」です。
彼女自身を出しているだけ。
どれだけ、自然体で滑れるか。それだけです。
それを一番分かりやすく証明したのが、前回の世界選手権で銅メダルを勝ち取った、「オルガン」です。
はっきり言って、オルガンの振り付けは、最悪でした
。技と技の間の動きが殆どない。跳んで、走って、回って、走って…の繰り返し。
ところが、そんなプログラムが終わった途端、会場はその日一番の歓声に包まれました!

オルガンの重厚で、どこか猛々しくも神々しい旋律に乗って、彼女は今の自分をそのまま、さらけ出しました。
あの時の、自信と勝ちたい!という思いに満ち満ちた、強い安藤美姫をさらけ出したのです。
その姿と旋律が、どうしようもない程に融合し、天界と地上の世紀末の戦いの中で、独りの女性が力強く、懸命に、自分の道を切り開き生きてゆく(自分にはそう見えたんです
)…そんな姿に、観衆は心をうたれ、心から湧いたんだと思います。今季のエキシビション、「レクイエム」も、天に祈りを捧げ、天からの光を求める独りの女性、安藤美姫をそのまま表現。まだ見ていない人は、是非、安藤美姫そのものを見て感じて頂きたいです。
しかし、この強力な武器は両刃の剣です。
彼女に不安や迷いがあったり、冒頭で失敗して萎縮すると、それも演技にそのまま出てしまうのです。
これが人々にとっては「やる気を無くした」と、見えたのです。
…つづく


