自分の中で
大きく二通りに
人を分けている
いい人
悪い人
恐ろしい程に
大きな分類かもしれないけど
これだけがはっきりすれば
人は
悩まずに済む
悪い人だけど
ここは優しい
なんてことを言う人もいるけど
結局は
悪い人なわけで
自分に都合よく
悪い人を
いい人のように
認めようとすると
苦労するのは結局自分で
だから
僕はこれからも
人を
二通りに分けていく
学生時代に
道徳という授業があった
道徳って
一体
何 なんだろう
大人になった自分が
未だに分からないこと
道徳心があるから
ルールを守れるとするなら
世の中は
道徳なんて
ほとんど
無いに等しいのではないか
そんな疑問すら生まれる
道徳心って
一体なんだ
明確な答えは
実際に
存在するのかな
もし
無いならば
自分の中に
どんな
道徳心を
描けばいいのだろうか
道徳という授業があった
道徳って
一体
何 なんだろう
大人になった自分が
未だに分からないこと
道徳心があるから
ルールを守れるとするなら
世の中は
道徳なんて
ほとんど
無いに等しいのではないか
そんな疑問すら生まれる
道徳心って
一体なんだ
明確な答えは
実際に
存在するのかな
もし
無いならば
自分の中に
どんな
道徳心を
描けばいいのだろうか
自分を
着飾るように
心を
着飾ることが出来たなら
どんなに
楽なんだろう
楽しいときは
心を
隠そうとしなくても
誰も
悲しみはしないだろう
でも
悲しみは
人の悲しみを
増長させる
そう
思っていた
だから
服を着替えるように
自分を着飾って
悲しみを
隠そうとする
でも
本当は
悲しみを
隠す必要なんてない
自分を着飾らず
全てを
さらけ出す
そんな人が
目の前に現れたら
そんな思いが
僕を
包み込む
着飾るように
心を
着飾ることが出来たなら
どんなに
楽なんだろう
楽しいときは
心を
隠そうとしなくても
誰も
悲しみはしないだろう
でも
悲しみは
人の悲しみを
増長させる
そう
思っていた
だから
服を着替えるように
自分を着飾って
悲しみを
隠そうとする
でも
本当は
悲しみを
隠す必要なんてない
自分を着飾らず
全てを
さらけ出す
そんな人が
目の前に現れたら
そんな思いが
僕を
包み込む