日本に原発があったのを事故で初めて知ったのは周りの大人が原発について口にしたことが無かったのもあるけれど
山育ちだったから、という事もあるかもしれません
原発を冷やすには大量の水が必要で海の際に建てられるけれど
原発のある海に行った記憶も無いのです
名古屋から幼い頃、四国の直島に、
そして岐阜の釜戸、瑞浪、土岐。
母が離婚と結婚を繰り返すたび
引越しと転校がありました
なぜだか毎度毎度、母の結婚相手は母に対し
暴力が壮絶で刃物沙汰の修羅場も何度もあり
転校生、貧乏、運動音痴、忘れ物が多い、協調性が無いなどなど、いじめられ要素を複数兼ね備えていたぼくは
いじめられても仕方ないなあ、くらいに
いつの頃からか思っていました
身なりも小汚くて片親に戻ることも何回かあり
苗字も繰り返し変わって心通わす幼なじみもいない
そんなぼくにとって
樹木や草の世界は人間世界での自分がどうあれ、構わず受け入れてくれる家族でした
草を雑草と思い、虫が来ると毛嫌いし
除草剤を撒き、鉢植えのインテリアや好みの造花やプラスチックのアイビーで緑が増えたと
満足する方や
ゲーム画面で人参やピーマンを生やして収穫しポイントを得て架空の実りを喜ぶ方などには
少しもピンと来ないかもしれません
むしろコンクリートで塗り固め無機質で硬質で
他の生命が好き勝手する事が皆無な世界が
好みの方もいると思うけれど
ぼくにとって樹木は静かで寛容で
たくさんの命を抱え世話している人です
そして愛しい家族であり尊敬して止まない存在
日本で原発事故が起こったとき
原発がある事を初めて知ったその衝撃
幼い頃から原子力爆弾の惨さを
繰り返しテレビで流し、被爆の悲惨さを伝える絵本もあった
被曝の恐怖は貧しくて家庭は落ち着かず
ろくに学校で学んでないぼくでも知っていました
その日本になぜ?!と…
全ては過去のことで
まさか日本で放射性物質が撒き散らされるようなものが存在していたなんて
育ってきた中で大人たちから教えられて来たことが吹き飛ぶような出来事
あの春は…毎年心待ちにしている緑萌え花々が咲き始める春は
本当に色褪せた茶色い風景に見えた……
ぼくは脱原発です
原発を否定する時、必ず
「代替案を出せ!」と言われました
SNSをやっていると見ず知らずの人から罵られたり、心無いことをいわれますよね
原発事故後はそれはそれは壮絶でした
「汚染」という言葉が福島を蔑み差別しているととられる
原発反対は今まで電気の恩恵にあやかって来た人たちは口にすべきじゃない、という意見もありました
日本人では無い、とも言われます
最近知ったことは
太平洋戦争が起こる発端に
中国から日本兵を撤退させない日本が
米国からの石油を止められたことがあったといこと
石油に頼らないエネルギーが日本は必要なのだと骨身に染みている人たちがいるのではと
日本人でありながらぼくにはその知識もなかった
それでもぼくは脱原発です
原発事故後から愛知は原発を使わず
10年暮らしてきました
節電も強いられません
そしてリニアも作っています
膨大な電力を必要とするリニアの為に原発を動かせとJR東海のトップが言ったと昔読んだことがあります
リニアはいらないので原発は動かさなくていいです
リニア事業は水源も壊すのですから
とはいえ、ぼくだけでなく原発反対の人たちにも「電力の代替案」は切望されてきたように思う
ウランを使わずプルトニウムを産まない、それでいてCo2も出ないエネルギー源
だから太陽光発電や風力発電に期待を寄せ
肯定的な意識がありました
むしろ義務のような意識もいつの間にかあったのかもしれないとぼくは感じています
原発の犠牲を軽んじてきた安倍政権で「水道法」や「スーパーシティ法」が決定し、法整備で準備を整えた外資系や大手企業がこれから
菅政権下で補助金を貰いながら脱炭素社会の具現化を進める…
ぼくには再生可能エネルギーに違和感と不信感が募るばかりだった
格差の犠牲を蔑ろにできる人たちが
口もきかない樹木や動物たちのことを思いやり、地球を守るために行動するのか?と
日常でもおかしな事はありました
太陽光発電が普及しだした頃
パネルはだいたい家屋の屋根などに設置するものだった
それがいつの間にか、好きに木や草が生えていた土地にメタリックなパネルをいちめんに並べる光景を見ることが増えた
おかしい、なにかがおかしい……
でも声高に再生可能エネルギーを反対と言えない気持ちがぼくの中にあったと思います
Twitterをしていく中で
「長周新聞」という新聞を知りました
山口に拠点を置く小さな新聞社です
デフレが深刻化し社会を平然と「弱肉強食」と呼び、強い者にへつらうことの更に多くなった日本で
権力者にも金にも媚びることなく
もの言えるメディアにぼくはときめきました
それは力の無いものを翻弄し、体裁を大切にし、子どもに善を押し付ける大人になる事に嫌悪しかなかった自分が
かっこいいと思えるひとつの大人の姿であり
自分もそうでありたい、と思って原発事故後の人生を生きてきたから
応援したいと定期購読するようになりました
幸いぼくの地区には配送ではなく直接配達をして頂けたので
幾度と無く、水道民営化の動きや
コロナで困窮する街の声など立ち話させて頂けました
長周新聞は面白い新聞で、
テレビ欄や芸能、スポーツ記事、株、大きな企業の広告などが無いのです
そして、たった4ページだけど日常で会う人々か話さない
テレビでもほぼやらないお話について
街や地域住民の声を聞き
世界的に活躍する専門家の講演を丸ごと載せていたり
記者同士の意見交換などで1面を埋めていたり
ひとつの問題をより深く知る事ができ、
直面する方々の声を取材し届けてくれる
庶民、地域住民を追い詰める問題は
世界のあちこちで起こっている事だと
多角的に繰り返し伝えてくれる新聞
そのおかげで世間やSNSを占める話題に囚われず、自分も思考し自分なりの考えを持つ事が出来る
水道民営化を止めたいと思った時
長周新聞さんはすでにこの問題に関して多くの記事を書いておられました
小泉竹中政権から20年余り
郵政民営化とともに
採算度外視であるべき公営の水道は企業にSALEに出されていて
買い手がつきやすくなる法改正を
民主党政権下ですら繰り返されてきたことを
自分なりにも調べ、ぼくは知った
その水の源である山と森に敬意を払うことなく太陽光発電、風力発電、バイオマスなど世界でも日本の地方も再エネ開発でめちゃくちゃにされている
樹々の群れがその根を張る土の中で
菌のネットワークが樹木に栄養を貰い、栄養を渡し共生しながら
水を含んだ大地を互いに守り
多種多様な命を育んでいることを
種苗法関連の記事で知りました
ぼくは脱原発であり、お肉を食べないベジタリアンですが
今ははっきりと「脱炭素政策と再エネビジネス反対」と言うことができます
脱炭素社会が必要とする再エネ事業、電気自動車には銅やニッケルなどの鉱物が不可欠
日本で掘る訳ではありません
インドネシアやエクアドルなど
緑豊かで地球の希少生物が
循環を守りながら暮らしている国の森林を大規模に伐採しその地をえぐってわずかな鉱物を掘り出し
土くれはいらないと廃棄物の山や泥を貯めるダムをつくるのです
水を守っていた木々も菌もそこで暮らしていた動物も人々と文化もなにもかも壊して…
日本は攻めてくる他国を怖いという
ぼくだって戦争は怖い
でも秩序ある循環で自立した命たちを
侵略するためにお金を渡しているのは?
日本もそんな国のひとつ
資源を貪欲に欲しがり
新しい開発の為に金でそれをやらせている国
日本
生産て、大量でなくてはいけませんか?
スピーディでお揃いで競争でなくてはいけませんか?
右肩上がりで支店増えまくりで
コスパがよくて株主大儲けでなくてはいけませんか?
時をかけて得た技術が僅かだけど他にない物を生み出し手に取り得られるお店があること
金銭的な利益は生み出さなくても
地球に勝手に産まれ生きている命が
あるがまま守られてはいけないのでしょうか
電気自動車や再エネ事業をそもそも必要としない人々や動物、植物が、利益と利便性を求め他者に尻拭いを押し付ける人間の為に犠牲になっている
それはまさに福島の原発が作った電気を
東京が使っていた構図のようです
長周新聞に懐かしい映画アバターの紹介がありました、もう10年以上も前の映画です
この映画にはパンドラという惑星の資源を狙った地球人が先住民族ナヴィに似せたアバターを使って懐柔しようとするも
送り込まれた主人公は、自然と呼応して生きる人々や自然の命の姿に魅了され
その星のひとりとして地球人と戦うお話です
ぼくらにはまだまだ知らない事があり
テレビでは到底知られない事ばかり
脱炭素反対というと、地球が大切じゃ無いのかと言われてしまうけれど
でも、本当に地球が大切だから
誰かの犠牲を減らせるように
みんなで生きられたらと思うから
ぼくは脱炭素政策と再エネビジネスに反対します
毎日毎日、自覚の無い政治家や国の対応、分断される人々など
本当に有り得ないと失望すること、怒れること
生きている事さえ嫌になることは多い
そんな時、命の根源が今どんな窮地に立たされているかを思い出してもらえたら…
どんな人にも命にも水は必要
そこに種の別は無い
降り注いだ水を蓄え、綺麗に磨いて山から海へと流れを作り私たちの体にまでも循環させてきた存在が今、どうなっているのか
その命の源を守ること、荒らされているのは地方の話、遠い国の事だと無視しないこと
再生可能エネルギーや電気自動車は必要不可欠だと思考停止しないこと
今ある自然を壊さない
それが最も大切で簡単に人間に出来ることだと思う
壊させないようにするのは難しい
どうしたらいいですか、その力が欲しいです
自分になにが出来るのかまだわからないけれど
今までも今も闘っている人たちの姿の中に答えがあるかもしれない
それを伝え続けて下さっている
長周新聞の皆さま
多くある問題の共通点と曖昧になっていた考えに気づかせて下さった事に心から感謝します
長い独り言を最後まで読んで下さってありがとうございました
相変わらず水曜金山街宣スイカナ❁.*・゚
続けています*˙︶˙*)ノ"
毎週 水曜日の夜19時30分から
— 水曜金山街宣 スイカナ✲*゚ (@wednesbaby) 2020年10月21日
なごや金山駅南口にて
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続けています
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なごや市民でなくてもOK ✿゜:。* pic.twitter.com/0cWZbdICN5
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