失わないと大切さに気付かないものってきっと沢山ある。左耳を失った彼女はどう思ったんだろう。歌手にとっての耳なんて、大切さなど想像出来ない。規模を小さくしてみたら、あたしにとっての右手になるのかな。いや、右脳かもしれないぞ。あれだけ耳を酷使する環境にいながらそんな些細な健康にさえ気遣ってくれる人いなかったのかな。
片耳だけなら音がひらべったく聞こえるのだろうか。そんなのどうでもいい、ただ、彼女は絶望していないと言っていた。それは強がりなのかどうかなんて他人には分からない。月並みだがあたしは耳が聞こえなくなったら多分死ぬだろう。自殺とかもあるかもしらんが淋しくて死ぬだろう。淋しくて淋しくて、空気に散らばる音をたった一つの耳で残さず拾い上げるんだ。そこにはきっと聴きたくないものも含まれている。補聴器つけてる時の雑音とも違う。厭味とか悪口とか、聞こえないで済んだものを沢山拾ってしまう。そこで本当の絶望を知るのかもしれない。
彼女の歌で、ここでかわらず、いばしょをさがしています、と言う歌詞とかよく見掛けるけど、嫌いじゃないな。あ、これ以上話逸れるからあれだけど、ね。
とにかく痛みを分け合う誰かがいれたらいいなって、そんな事しか思わないのは距離が遠いからなんだろうけど、ニュースを見て考えてた。ほしいものなど、ほかにない。
乙一も伊坂幸太郎も待ってはくれない。今度はホイットマン。「おれにはアメリカの歌声がきこえる」。詩集。シャイな日本人じゃ到底書けそうにないや。今年はカラマーゾフの兄弟読破するって決めてたのに、難しい話だって聞いて諦めた。読んでないのに諦めた。

あめにもまけず、かぜにもまけず、じょうぶなからだをもち、よくはなく、けしていからず、いつもしずかにわらっている。
いちにちにげんまいよんごうと、みそとすこしのやさいをたべ、

…あれ、忘れた。あんなに好きだったのに忘れてしまった。小学生の頃暗唱してちやほやされるの好きで、妹だって覚えていたのに、

ああ、いもうとよ!

今はこれしか出て来ない。勉強したいなぁ、もう一回。そもそもあたし宮沢賢治なんで尊敬してたっけ?
畑耕して先生やって、自給自足でアイスクリンが溶けないように慌てて走りながら家に帰るんだ。妹は結核で、ただ兄さんわたしアイスクリームが食べたい、唯一の我が儘を。あなたも結核です、では私は祭のはやしが聞こえて来たから少し起き上がっていいですか、手帳のはしに奮えながら書いた雨ニモマケズ。

みんなにでくのぼうとよばれ、そういうひとに、わたしはなりたい。

もう一度最初からこの人の話読みたいな。
「俺、神様なんて信じてへん」
初詣行きましたか、と先輩に聞いたらいきなりこんな事を言われました。え、え、何か怒らせたか!?と思って戸惑っていると、神様なんていないねんから、と付け加えられる。バイトの終わり、従業員出入口らへんにて、何気ない会話を交わそうとしてたらこんな返事だったからあたしゃびびりまくりですよ。
六花さんは神様信じてる?と言われて、まぁ人並みには信じてるし、と言うか運命とか結構信じるタチだから、「信じてますよ」と答えると何だか浮かない顔をされた。そもそもどうして信じてないのかを聞いてみたら、「神様に金やるから願い叶えてくれって一方的やない?賽銭勿体ないし、それなら俺自分で何とかするわ」とな。
あーそーか、と思ってその後少し深い話をした。先輩は大きな音が苦手だとか(仲間由紀恵みたいだ)、死んだ人はどこに行くかとか。先輩は死んだ人は会えなくなるだけやでって言った。意味を聞いたら言葉を濁してたけど、つまり死んだ事を悲しんでばっかりいるのも駄目みたいな感じの事を言っていた。その後お疲れ様でした、と言って別れて、あたしはバスの方向と逆に歩き出して慌てて引き返すと、見られていたみたいで目が合った。

来月の末先輩は辞める。代わりの人が入って来る。男の人。
先輩が就職する会社なんて潰れてしまえ