シャチと鯨
雲の塊のような記憶の底に、確かに何かがあるのだが、
どうしても彼は、それを思い出すことができかった。
そして今日も、狩りが始まる。
シャチの若きリーダーとして、彼は、仲間に指示を与えながら
獲物を取り囲み、追い詰め、餌食とする。
今日の獲物は、北へ向かって長い旅を続ける鯨の母子。
彼らは、母と子供の間に割り込み、
子供のほうに体当たりしたり、覆いかぶさって窒息させたりして、
いたぶりながら弱らせていく。
必死で阻止しようとするものの、
多数のシャチたちになすすべもない鯨の母親が、
泣きながら言った。
「どうか、その子を許しておくれ。私のほうを襲っておくれ」
彼は言った。
「年老いた鯨の、硬い肉には興味がない。
我等に必要なのは、幼い鯨の、命あふれる栄養なのだ。」
母鯨が言った。
「あなたがたには慈悲はないのか。
私の苦しみや悲しみをわかってもらえないのか」
彼は言った。
「これが自然の掟であることを、
長く生きたあなたに、わからぬはずはあるまい。」
母鯨が言った。
「私は生きている限り、この苦しみを繰り返すのだろうか。
あなたがたは、
何度私の大事なものを取り上げれば、気がすむのだろう」
すると、彼の頭の中の雲の塊に、突然鋭い光が差し込んだ。
そして彼は、
仲間のシャチたちに、その幼い鯨から離れるように命じたのだった。
傷つき弱りながらも、幼い子鯨は、
再び母親に寄り添い、北の海を目指して旅路についた。
仲間からの怪訝な視線にさらされながら、
彼は、去っていく親子鯨に向かって、
無意識に言葉を漏らしていた。
「おかあさん・・・・」
閃光のように現れて、
すぐに消えていくだろう遠い遠い昔の記憶。
彼は、
あの母鯨とともに、
北へ向かって旅をしている最中にシャチに食われ、
そのあとシャチとして生まれかわってきたのだった。
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