興味の無い方には退屈な文面ですので、読飛ばして下さい。
子供の頃は、周りの大人たちを見て「自分も早く大人になりたい」とよく思ったものだ。大人になれば、好きなものを好きなだけ食べられるし、好きなものを買ったり、好きなところへ行ったり、自分の願望の多くを叶えられるに違いないと、ワクワクしていた。
しかし、様々な経験を積みながら実際に大人になってみると、大きな誤算があったことに気づく。あの頃の願望の多くは叶えることができるようになったものの、大人になった自分には、それが大して重要ではなくなってしまっているのだ。
ここで問題になるのは「大して重要ではない」ということで、子供の頃の願望を無視してしまってよいのかどうかということだ。ある意味で契約不履行のような状態と言える。「過去も、現在も、どちらも自分であるのだから別にいいではないか」と思うかもしれないが、それは違う。
何故ならそれを許容してしまうと、今度は「未来の自分が、現在の自分の願望を履行しなくてもよい」ということになってしまうからだ。それは困る。だから過去の自分との契約をしっかりと実行していく。例えそれが、現在においては「バカらしい」と思うことであっても。
、、、そう返事をすると、同僚のAは、デリバリーで届いたホールサイズのピザを食べる私に向かって、冷めた目線を送りながら「そう、あなたは子供の頃の契約を履行していたところだったのね、(変な心配をした)私が間違っていたわ」と言った。
「ボスが時間のある時にオフィスに来てくれって。あなたと同様に子供の頃の契約を履行中の、あちらのチェリーボーイと一緒にね」と、Aが伝言すると、タイミングよく扉のすぐ外を一機のドローンが横切った。どうやら同僚のEがオフィスでドローンを飛ばしているようだ。
「あなたのお陰で長年の疑問が一つ解決したわ。私の近くにいるオトコって、どうしてバカばかりなのかってことよ。」Aはコーヒーを片手に、私がすすめた席に座りながら、そう言った。
「契約だよ、A。子供の頃の自分との約束を実行できなきゃ、大人になった後で抱いた願望も実行できないだろ。僕だって今、7歳の時のホールでピザを食べてみたいという願望を達成しようとしているところなんだ。」
「そう、それなら理解できるわ、どうもありがとう。せっかくなのであと一つ教えて。あちらの彼はいつ頃の契約を履行しているのかしら?私たちが子供の頃にドローンはなかったのに。」やれやれといった笑みを浮かべながら、Aは雄叫びをあげるEの方へ目をやった。
「君がやり残している契約は何だい、A?。ミスコンで得た賞金のすべてロトに突っ込むという願望を叶えたことは知っているけど」、私がピザをダイエットコークで流し込みながら聞くと「そうね、その時当てたブービー賞でペイント銃を買って、継母の車のフロントガラスを真っ赤にしてやったわ。」と彼女は答えた。
「なるほど、君のアクゾノーベルの推奨が、やけに力が入っていたのも納得できるね。君は高校時代からペイント好きだったわけだ。」「そうね、今気付いたけど、納得だわ。だってあの時の継母の悲鳴を思い出すと、胸がスッとするもの。」Aは笑い涙を押さえるために、紙ナプキンを取って部屋を出ていった。
こうして、いつものように午後の一時をジョークを飛ばし合いながらリラックスすると、私はいくつかの資料を探し出してプリントアウトをしていった。ボスが聞きたい内容が何であるかはわかっていたので、あらかじめ用意していった方が深い議論ができると思ったからだ。
個別案件のファンダメンタルズを最も重視する私とは対照的に、Eはトップダウンから物事を見るのが得意だ。私にはとてもできない芸当だが、今のような市場環境では、彼の頭の中に最も価値ある情報が眠っている。
打ち合わせをしている最中に「ところでE、話しは変わるけど、君の最新の将来の夢は何だい?」と聞いてみると、Eはニヤッと私の目を見つめ、棚に飾ってある写真を指して言った。「火星の青い夕陽を眺めながら、B.B.Kingのブルースを聴くんだ。この世で最もクールなブルーだと思わないかい?」
私は自分を越えるバカの存在を確認すると、なんだかとても気分が軽くなった。彼のように、子供のまま大人になれれば、もしかしたら諦める必要のなかった夢というものが、実はたくさんあるのかもしれない。大人になった達成感なんていらない。子供の頃のような、途方もない未知への憧れこそ、私の心を熱く燃やしてくれるに違いない。
ボスの部屋でディープな議論をしながらも、ふとそんなことを考えていた。