好きな事を好きなだけ -56ページ目

「思想について」のトピックでは釣りとは全く無関係な、私が独自に共感したり、現在興味のある事柄を掲載します。
 興味の無い方には退屈な文面ですので、読飛ばして下さい。



日本人の横並び意識が国際社会での競争力を阻害しているという論調があるが、そもそもそれは何処から生まれて来たものなのか。

社会学の学者などは、江戸時代の士農工商システムがその原因だと言うが、この論理には違和感がある。何故なら、明治、大正、昭和初期の文学や絵画などの芸術は、明らかにエッジが立っており、横並びの社会を風刺したような表現はどこにも見られないからだ。この時代は努力さえすれば、何にだってなれるという希望と高揚感に満ち溢れており、抜きん出ることを抑圧する風潮など、その片鱗すら見られない。

大きな変化が見られるようになったのは、1930年代の後半くらいからだ。この頃から、戦争のため、国家があらゆる手を尽くして国民から感情を奪い去り、人と違う考え方を危険視し、互いに監視しあうシステムをつくり上げていった。

日本政府は、もともと敵地でのスパイ活動や情報操作が百万の軍隊に勝る力を持っていることを知っており、国民感情をコントロール術を研究し尽くしていた。それが自国民に対して執行されたというのは、戦争が生んだ悲劇の一つだろう。泥沼の戦争によって日本は多くの人命を失い、国土は憔悴しきり、経済活動を完全に振り出しに戻した。
ところが、人々の考え方は元には戻らず、軍事政権によって作られた統治システムも、その枠組みが戦後にまで継承された。

知ってのとおり、日本経済はその後脅威的な復活を遂げた。戦時下の政府は兵器製造に極端に偏った社会資本の配分をしていたが、皮肉なことに、このお陰で日本は製造業の技術力が蓄えられていた。

戦闘機の技術者が車の設計を行い、造船工が高精度なタービンブレードを製造した。しかし、戦後の貧しさを抜け出してもなお、日本人は戦時下の思想を引継ぎ、第二位の経済大国にのし上がってもなお、人々は軍隊のような社会システムを維持していた。役人が偉く、民間人は彼らの言うことには決して背いてはいけないという日本独特の風潮も、今日に至るまで本質的には変わっていない。

日本人は歴史的には、リベラルな期間の方が圧倒的に長い。そうでなければ、これ程までにオリジナリティ溢れる、洗練された文化を生み出して来なかったはずた。粋であったり、歌舞いたりすることを良しとする社会であったに違いない。いったいどうすれば本来の思想に戻れるのか?戦争はとうの昔に終わっているのに。