音符

 

今度 生まれて くるとしたなら

 

やっぱり 女で 

 

 生まれてみたい・・・・        音符松山千春さんの「恋」

 

 

  私の母は この歌詞に かかると、 

         

     ああ 女で よかった~ラブラブ と、心の底から言うのです。

 

※ 歌詞の本当の意味とは違うのですが・・・・。

 

 

 

私は 長女で、 小さなころから 

 「あんたは 長女だから ナントか かんとか」  と 言い含められて育ち、

 

 

今度 生まれてくるとしたなら 

   ほんまに 末っ子で 生まれてみたい・・・と 思ったものでした。

 

     なぜなら、婿取りとか墓守とかに縛られるのが嫌。

                うちは核家族だし こだわることないでしょう?

 

         で、思い通り 私は自由で、母も 婿取りとか墓守とかをとっくにあきらめ、

       でも、 無縁仏にはしないでくれと言ってますが…・。

 

             

  話を戻しますと、

 母が なぜ 女でハッピーだと、 言っていたかというと、

 

   会社員だった私の父が 仕事へ出た後

 

   「男は たいへんだねえ。 

      雨が降ろうが 槍が降ろうが 仕事に行かなきゃならないのよ~」

 

   「家族を養うために一生 働かなきゃならないのよ~」

 

    「女は家で子供と ゴロゴロしてりゃあ いいんだからラブラブ 

                                しあわせ~」  と。

 

 

   私の父は 料理もするし 掃除もする。

   家族で男は 父と犬。

 

   女が中心の 一家でした。

 

    生活費は母が握り、父は小遣い制。

    母 本人も パートで働き

 

   私は 花よ蝶よ と 育ったと思います。 バレエ<ありがたや~

 

    ただ、 

 

    両親の 夫婦喧嘩は 凄まじかった!!!  

     罵声だけじゃなく 鍋やフライパン 

     食品など いろいろなモノが部屋の中を飛び交っていました。

     

    両親は 私が二十歳をこえても このパターンを繰り返し続け

     一度 離婚して、 それでも 同居していて

 

    いつの間にか 再婚してました (笑)

     過激な 夫婦喧嘩の末の離婚と再婚劇。

 

     爆  笑

   そうこうしているうちに、

 

   健康自慢の父に

    人間ドックで がんが見つかって

    あっという間に 逝ってしまいました。

 

  父の看病をしていた母。

  それは 二人がようやく 気づいた

   夫婦のいたわり合いの時間だったように見えました。

  

    とにかく 二人の戦いは過激だったドクロ 

    というか 母が強かったです。

    

   まだ バリバリ 働き盛りだった父が逝くなんて・・・。汗

    私が 二十代の時でした。

 

  

 

     長くなったので 続きは  また 次回 おいで 

 

 

キラキラ

 

      

      音符千春さん しゃべりも 面白くて グッ 音符

 

キラキラ