休息なき、休息の時間。
ゆるやかな下り坂を、疲れた男たちはゆっくりと辿り、── そこにもまた、風は吹き続けるのだが。
男たちは目を閉じ、その槍は虚空を指し、── 濁った熱を抱きながら、ゆるやかな下り坂を、夜の彼方へと歩いてゆく。(9/26)

雨。遠くから聞こえる、人の悲哀の声。
だが僕は ── ただ止まることのないここにあるだけなのか。すでに壁の存在も忘れ、互いに見交わすこともない熱とリズムとの疾走とともに。(9/27)

裂けてゆくこの腕。そうして赤という色彩。立ち去る者たちを見ながら、しかしここで僕は、僕自身の弁護士にはなるまい。
── 悲惨の一切は、いつか見た朝日の中を走る列車の動輪のその閃光の中に、消し去ってゆくことだ。(9/21)

道具という文字は、人が歩む「道」に「具」わるものを指す。
太刀も、言葉も、すべて道に具わるものなら、つまり求道者が持つものなら道具と呼ぶべきものなのだ。── 手放してはならないものだ。(9/16)

日々、常に事柄はいきなりやってくる。
「事件」。だがその姿はいつでも明らかだ。見え隠れするものがあるのなら、それは事件の側にあるのではない。
僕の作り出す壁が、血に染まりながら、現実のできごとをさえぎろうとする。
見え隠れしている事件はそこにある。(9/23)

「表現」とは、自分を熱するためのものなのか。
少なくとも僕にとっては違う。僕を零度にするためのものだ。
── 溶岩を押しとどめようとするダムは、やがては轟音とともに決壊し、── 僕はいつでも、さらにその後に展開するものを見たがっているのだ。(9/25)

舞台。劇。── ふと立ち止まる彼は、すみの方にある壊れ賭けた小道具を見、そうして台本を読み始める。
その瞬間、時間は静止し、風が彼を呼び戻すまで、「彼」は死に続ける。
──
舞台。客席の亡霊を前に、彼は踊る。
そうして、舞踏の合間に、くり返し差し挟まれる静止と風景との確認。── それを客席の亡霊と分かち合う。(9/21)

貪欲。── それは、「事件」だけで構成されているこの世界、この時間というものから、視界をふさぐためのものだ。
── 僕は、この世界の捏造を求めてきたのだろうか。(9/16)

バッハもモーツァルトも表情を半分だけ見せ、残りの半分、あるいは誰にも見ることのできない半分に、「神」は確かにいたのだ。(9/27)




Introitus requiem - Kyrie - Mozart Requiem Karl Böhm 1971
 



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