いつだったか、クリスマスミサの音楽を実況録音盤で聴いたことがある。
静かな雰囲気だった。
途中でオルガンの即興演奏が入った。「神の怒り」の表現だそうだったが、演奏者の怒りの表現にしか聞こえなかった。(5/9)
「最も深い悲しみは、魂の奥底で涙を流す」。
自分の一番弱い面に触れるようなことは、表には出さないものだ。
「泣き虫さん」の泣くということは、コミュニケーションの一種だろう。(5/9)
木の葉は太陽を全身に浴びている。光と熱のシャワーだ。
ほこりだらけのアスファルトの道路。(5/11)
少年時代、僕は比較的大きな怪我ばかりしていた。
怪我の痛みは自分一人で耐えなければならないことを体で覚えた。周囲の人が何と言ってくれようとも、結局一人で耐えるしかなかったのだ。
── 心の傷にしても、耐える場所は、自分の孤独の中にしかないのだろうか。
(5/3)
昨日は暑かった。僕は川のほとりの道を、長いこと歩いた。
土の上を長く歩くのは久しぶりだった。(5/11)
友人が、彼のお気に入りのレコードを聞かせてくれた。
だが静かな所で、ボツッと傷の音が入った。彼は蒼ざめて言った。「う、うそだ」。
僕は言った。「ああ、うそだよ」。
彼は苦笑して言った。「そうか、良かった」。(5/3)
耳鳴りかと思ったら、遠くから響く「けら」の鳴き声だった。可愛い虫だ。僕は小さいころ、こいつが大好きだった。(5/6)
竹内好が死に対して身構える間もないうちに死んだとして、吉本隆明は「かわいそうだ」と言った。
── 死に対して無頓着な思想家が思想家なのか?
死は一回きりで、しかも絶対確実なものだ、それ抜きにした思想がどこにある。
かわいそうだなど、同業者の下らない自己陶酔だ。(5/12)
ある評論家が何かを批判する時に、ほとんどかならず使う言葉。
「それは時代錯誤だ」。
批判の対象を時代の彼方に追いやってしまう。要するにそれで十分なのだ。
彼にとって論理とは、後から取って付けたオマケに過ぎない。ともかく論理も何もない「一刀両断の断罪」が全てなのだ。(5/6)
いつの時代でも、素朴で純情な人間は「時代遅れ」であり、何か度外れた感じがする人は「超現代的」だ。
いつの時代でもだ。つまり、時代遅れとは素朴で純情なものを指すのだろう。
(4/28)
静かな雰囲気だった。
途中でオルガンの即興演奏が入った。「神の怒り」の表現だそうだったが、演奏者の怒りの表現にしか聞こえなかった。(5/9)
「最も深い悲しみは、魂の奥底で涙を流す」。
自分の一番弱い面に触れるようなことは、表には出さないものだ。
「泣き虫さん」の泣くということは、コミュニケーションの一種だろう。(5/9)
木の葉は太陽を全身に浴びている。光と熱のシャワーだ。
ほこりだらけのアスファルトの道路。(5/11)
少年時代、僕は比較的大きな怪我ばかりしていた。
怪我の痛みは自分一人で耐えなければならないことを体で覚えた。周囲の人が何と言ってくれようとも、結局一人で耐えるしかなかったのだ。
── 心の傷にしても、耐える場所は、自分の孤独の中にしかないのだろうか。
(5/3)
昨日は暑かった。僕は川のほとりの道を、長いこと歩いた。
土の上を長く歩くのは久しぶりだった。(5/11)
友人が、彼のお気に入りのレコードを聞かせてくれた。
だが静かな所で、ボツッと傷の音が入った。彼は蒼ざめて言った。「う、うそだ」。
僕は言った。「ああ、うそだよ」。
彼は苦笑して言った。「そうか、良かった」。(5/3)
耳鳴りかと思ったら、遠くから響く「けら」の鳴き声だった。可愛い虫だ。僕は小さいころ、こいつが大好きだった。(5/6)
竹内好が死に対して身構える間もないうちに死んだとして、吉本隆明は「かわいそうだ」と言った。
── 死に対して無頓着な思想家が思想家なのか?
死は一回きりで、しかも絶対確実なものだ、それ抜きにした思想がどこにある。
かわいそうだなど、同業者の下らない自己陶酔だ。(5/12)
ある評論家が何かを批判する時に、ほとんどかならず使う言葉。
「それは時代錯誤だ」。
批判の対象を時代の彼方に追いやってしまう。要するにそれで十分なのだ。
彼にとって論理とは、後から取って付けたオマケに過ぎない。ともかく論理も何もない「一刀両断の断罪」が全てなのだ。(5/6)
いつの時代でも、素朴で純情な人間は「時代遅れ」であり、何か度外れた感じがする人は「超現代的」だ。
いつの時代でもだ。つまり、時代遅れとは素朴で純情なものを指すのだろう。
(4/28)
