荒尾の二造跡 | いつかどこかで

いつかどこかで

日記代わりに


荒尾市には、二造跡というものがあり、以前は、あれは何だろう?と思いながら
運転していたが、ネットで、それが何だったかわかり、また、いろいろと調べられた
サイトがあり、大変興味深いものであった

東京陸軍第二兵廠荒尾製造所(通称・荒尾二造)という陸軍の火薬工場。昭和16年に本部事務所が完成、翌17年に専用鉄道と工場が完成し火薬の生産が始まり、火薬の種類によっては全国生産量の約30%を占めるほどの生産高があったといいます
                  ネットより

荒尾市民病院前の道路がその専用道路だったのだが、
昨日行ってみたら、新しく碑が立っていた
イメージ 1

火薬庫の遺構はあちこちに散らばっているのだが、これじゃわかんないな
イメージ 2

二造のメインの変電所跡
イメージ 3

ここが一番インパクトがあり道路からも見える建物だ
イメージ 4

写真じゃ分からないが、英語で記してある
イメージ 5

半分丘に埋められているようだ
イメージ 6

ここも大きな道沿いにある、火薬庫跡
以前は国有地と売地の立て札があったが、今は保存会もできているので
保存の方向に行っているのかな
イメージ 7

これからは住宅地の中にある火薬庫跡
上の家屋は普通の住宅
イメージ 8

煙突のある火薬庫跡
右の赤い建物も個人の住宅
イメージ 9

この火薬庫跡は初めて見た
イメージ 10
道路から南の住宅地に入り、適当に走ってると、
おそらく火薬庫跡だろうと思われる建物がもっと見つけられるのだが、
とにかく保存されているのを確認して満足した


帰りの蔵満海岸
雲仙岳がうっすらと
イメージ 11

多良岳方面だが、沖の米粒みたいに見えるのは、潮干狩りしている人たち
イメージ 12

大牟田方面
イメージ 13

帰りは有明沿岸道路を通ったが、下りるインターが分からずに
柳河東インターまで行ってしまい、遠回りになった
やはり素直に高田インターで下りようっと