今日は曇り空の日曜日
何となく西の方へ行こうかなと思っていたが
遅く起きた子供が「星野村なら付いてきてもいい」と言うので
東の方向、八女市星野村方方面に行くことになった
星野村へ行く途中の上陽町
上陽町は、一連、二連、三連、四連の眼鏡橋があることで有名だが
四連の眼鏡橋付近は工事中
三連の眼鏡橋は寄らず
一連の眼鏡橋
洗玉橋

一連でもアーチが大きく、熊本の霊台橋を思い出させる橋だ
「洗玉眼鏡橋」は、有名な名石工・橋本勘五郎の最後の作品となった石橋
北川内公園の近くの「寄口橋」

星野川の流れが綺麗

近くに室園神社


老朽化?と思ったが、よく見たら社殿の保護のための覆屋の中に神殿があるようだ

境内社

神社から上陽の町をのぞむ

更に星野村の方に行ったところにある栗林橋

星野村に入り
浄源寺の茅葺の山門を見る


境内から

浄源寺の本堂

いつも通るたび気になっていた小野神社に、今回初めて御参り

小野頼時の父、大進頼承は、弘安の役(1281年)で大功をたて、鎌倉幕府に重用されましたが、霜月騒動のため失脚し、頼時は、母如心と共に鎌倉を追われ、西国に落ちて行きました。途中、暴風にあって危険にさらされましたが、その時、箱根権現の加護でたすかりました。
永仁元年(1293年)父、頼承が無実であることが判明し、その功績に対して、小野の庄の地頭職が与えられました。
頼時は小野の地に居を定め、箱根権現を観請し、一族の守護と繁栄を祈願しました。それが小野神社の始まりと言われています。 星野村HPより
永仁元年(1293年)父、頼承が無実であることが判明し、その功績に対して、小野の庄の地頭職が与えられました。
頼時は小野の地に居を定め、箱根権現を観請し、一族の守護と繁栄を祈願しました。それが小野神社の始まりと言われています。 星野村HPより



時々、本殿の真後ろに大きな木があるんだけど、この神社もそう
木の下に小さい祠があるようだ

境内の梅の木

自宅への帰り道、梅林で有名な八女市立花町の観光コースとは外れた梅林


まだまだ続く