子どもが自立するというのは淋しいものですね。
娘が「友だちと住むことにしたから~」とつい最近家を出ました。
まあ、今までこの娘には相当手を焼かされてきて、我が子でありながら正直言って苦手でした。
だけど、この春に高校を卒業する手前あたりから彼女も大人になってきて、話が通じるようになってきたこと
それをきっかけに、「私はなんでこの子を苦手だったのだろう?」と振り返り、その理由に気がついてしまったことで、親子関係がかなり改善されたのでした。
娘だけが問題なんじゃなかったんだわ。
本当はもうずっと前、中学を卒業する頃から、もう一緒にいられる時間はあと少ししかないって危機感を持っていました。
それなのにこの子は私を怒らせることばかりして、
もうちゃんとしてよ!
怒ってるだけで毎日が終わっていってしまう!
…とイライラしてましたが、
それって可愛がりたいのに可愛がれないことへの不満と焦りなんです。
親っていうのは面倒で、
子どもの好きなようにやらせてあげたい思いと、
ルールだったり生活習慣だったりを、ちゃんとできるようにさせなければ!という思いの両方があって、ほとんどの場合は後者が勝つわけです。
「学校行きたくない」
「いいよ!行かなくても」
「夜中まで友だちと電話してたい」
「いいよ!好きなだけ」
「部屋の片付けなんて面倒」
「いいよ!汚くても死にゃあしないから」
…そんなのあり得ないんです。
でも、そういう、目に見える「躾」の範囲の出来事に、親自身の心の傷や痛みだったり、不都合なことを無意識に乗っけちゃうから余計に厄介なことになるわけです。
そして、その心の傷は私自身の親との関係であったり、夫との関係であったりで、それが自分には見えていないものだから、子どもに必要以上の当たり方をしてしまったりするんですね。
そんなトラップが二重三重になってるし、親は私という母親だけではなく、同じく傷を持っているであろう父親もいるわけなので、子どもっていうのは普通に暮らしてるつもりでも、けっこうな重荷を背負わされているのではないでしょうか。
多分、時満ちて、いろんなことにやっと気がついてきたこの半年。
娘が小学生の頃以来、ずっとしてこなかったことを一緒にして、お喋りして、やっと仲良く楽しく過ごせるようになりました。
娘はアニメが大好きで、「ママにもこれは観て欲しい!」とオススメしてくることがよくあります。
前までは「アニメにハマりすぎてるからやるべきことがおろそかになる」と思っていたので、そんなのいらんわって扱いしてましたが、私自身が娘のことを尊重できるようになってきたことで、「じゃあ見てみよっか?」と素直にオススメのアニメを見られるようになりました。
今の彼女のお気に入りは「BANANA FISH」
「吉田秋生って、ママが高校生くらいの時のマンガじゃないかな?友だちがファンだったはず」とか話しながら、大人買いしてきた単行本全巻を二人で読み、アニメを観てはお気に入りのシーンに大騒ぎして。
お返しに、私が昔大好きだったNo.1アニメで、現在リバイバル放映中の「キャプテン翼」をオススメしてあげて、これまた二人で翼くんや日向小次郎に大拍手と歓声を送りながらアニメを見る。
もっともっと早く、こんなふうに過ごしていたら…と悔やまれるのですが、できなかったことに悩んでいた、その時々の自分は一生懸命だったのは間違いないから…
時間を返してー!と叫んでも、時は戻らない。
これからを大事に生きていかなければ。
今、思うのは、もっと早くに自分のトラウマやトラップに気がついて癒すことができていたら、自分の本当に望む日々を過ごせていたのかもしれないということなのです。
これまで「本当に望んでいることは何?」という問いさえ思いつきもしなかった。
「なぜ、私は子どもに優しくできないのだろう?」と自分を責めることしか思いつかなかった。
だから余計に悪循環だった。
本当のことは違うところにあったのに。
それとも、これまで悩み、試行錯誤しながら過ごしてきた数年間の日々の積み重ねがやっと実る時を迎えたということなのでしょうか?
それは必要な時間だったと…
とにもかくにも。
もし、この記事を読んでくださったあなたが「私は親に愛されているのだろうか?」という思いを持っているとしたならば、
私はあなたに伝えたい。
「あなたの親御さんは、あなたを心から愛してますよ!ただ、そうは見えないだけです。」
「だからといって、親御さんが言うこと、やることを我慢して受け入れなくてもいいと思います。」
「何がどうあろうとも、あなたのことを愛していることだけは覚えていてください」
「そして、あなたの本当に望むことをしてください」
未来に向かって。


