昨日はときめくお片付けをするはずが、なんと一番やってはいけない失敗をしてしまいました。
本棚を整理するはずが、いつの間にか・・・読みふけっている!
当然、片付くわけもなく時間切れ~。
何やってんだか。
・・・とも言い切れないのが面白いところで。(言い訳)
本を読みながら、ある映像が浮かんで号泣してしまいました。
読んでたのは「売れるネーミングの秘密」
語感と名前の関係を読み解いていて、無意識の共通性が「なるほど~!」とすごく面白い。
「やはり、ものには自然とふさわしい名前がつくのである。」
との言葉に深く納得します。
黒川伊保子さんの情感あふれる語り口が大好きなんです、私。
それで名前のことを考えていたら、突然、私の母が私の名前を決めているところのイメージが浮かんできました。
女性にとって、赤ちゃんの名前をつける瞬間というのは特別な幸せに包まれている時だと思います。
さらに、初めての子ども。
初めてママになった母。
光に満たされた部屋で、赤ちゃんの私に話しかけている母。
優しいゆったりした時間。
これから、女性としての幸せ、希望を思い描いていたことでしょう。
でも、母から聞いた人生の道のりは、とても厳しいものでした。
父もあれだけど、時代もあったのかな・・・。
退院して私をアパートに連れて帰ってまずしたことは、飲み散らかされている部屋の片づけだったそうです。
父は前夜、友達だか呼んで酒盛りしてたらしい。
出産直後の女性は、全然まだまだ体がつらいものです。
しばらくは半病人です。
その時の母の気持ちを思うと、ほんとにかわいそうになります。
そんな昔話もいろいろ聞いてるし、実際に大変だったことも見てきているし…。
母が私に優しく話しかけている映像が浮かんだときに強く思ったこと。
「私が母を幸せにしてあげたい!」
そう感じた途端に涙が溢れてきました。
多分、自分でも全く覚えてない幼い頃にそう思ったのだと思うんですよね。
もしかしたら赤ちゃんの時には既に。
思春期あたりからは親孝行なんてしたこともないけど、心の奥には母への愛情があった。
だからこそ、変な信念やパターンを受け継いでしまったのだろうと思います。
さらに、母を守ってあげたいという気持ちから発生した思想、行動のパターン。
自分では母のためだなんて全く無意識なものだから、目からウロコでした。
子供の親への愛情って、自覚できないくらい強いのね。
もうすぐ母の誕生日だから、皆でお祝いしてあげよう。
そして、知らないうちに引き継いだ古いパターンを手放して、幸せなプログラムをセットするんだ。
家族皆に。
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