「ブッダ」を観てきました。
2500年も前から階級社会があって、たくさんの人が苦しんでいたということを改めて考えさせられました。
インドに限らずどこの国でも、王や貴族がいれば奴隷もいて、同じ人間なのに格差がある。
のちにブッダとなるシッダールタ王子は、この世の苦しみを目の当たりにして憂い悩むけれども、何ができるわけでもない。
「生老病死」という人間のこの世の苦しみ。
老、病、死については、人間の力ではどうすることもできないし程度の差はあれ、皆が経験する。
でも、生きるという苦しみについては、人間が自分達自身で作りだした苦しみでもあるのだと思いました。
階級社会を作ったのは誰なのでしょう?
どこの国でも、栄えた国では必ず奴隷がいるのはなぜでしょう?
強い力を持つと、他の者を押さえつけて搾取するシステムを作りたくなるのでしょうか?
今、少しずつ「神との対話」を読んでいる途中ですが、
「地球上には皆で分け合っても余りある富があるはずなのに、行きわたらないシステムになっている。」と要約すればこんなことを神様が言っています。
「働かなくても皆が食べていけるように富を分配し、それ以上の豊かな暮らしを望むなら働けばいいというシステムを作ればいい。人は食べるためだけに仕事をするわけではないから、誰も働かなくなるなんてことはない。」ということも言っています。
現代日本では、一応、公的補助もありますが、最低限にもほどがあるというくらいの額の補助ですよね。
今、普通に働けている人でも、万が一のことがあればすぐに食べるに困るという状況でしょう。
ブッダという歴史に残る教えを説いた人物を出したインドという国では、いまだに階級制度が残っています。
2500年もたっていまだに、生きる苦しみの原因をひとつ減らすこともできていない。
日本だって奴隷階級はいないけど、根本的に同じなのではないかと思います。
士農工商はなくなったのに、食べるために必死で長時間働かなくてはいけない人はかなりの割合です。
「生きる苦しみ」とか言ってないで、なんとかできないものなのか。
これは、頑張って働けばいいとかいうものではないと思います。
皆が安心して暮らせるには、まず衣食住の確保です。
自己責任ということばを都合よく使っていてはいけないのではないでしょうか。