<意図するところにエネルギーは流れる>
映画、ガリバー旅行記を観てきました。
そして思ったこと。
「自分が思っている自分なんて、本当はこんなもんじゃないんじゃないの?」
今、目に見える自分はとりあえずこんな人間だけど、ほんの少しの勇気とアクションで違った世界が開けてくる。
現代版ガリバーは、全然冴えない男なんです。
たぶんいいもの持ってるんだけども、本人にビジョンも勇気もないためずっと同じところで足踏みしているのです。
せっかくのチャンスも見送り三振。
そこへあることに巻きこまれて海で遭難して小人の国へ迷い込みます。
小人の国では当然ながら巨人のガリバー。
ロープで縛られたって引きちぎってしまう怪力の持ち主なのです。
小人たちにとっては大変なことでも、いともたやすくやり遂げてしまいます。
そして、ある事件の後ガリバーは英雄扱いされるようになります。
また逆に、巨人の国にいる時には、ガリバーは小さな女の子の相手ですらなく、お人形として遊ばれる存在です。
そこではなすすべもありません。
人はいる場所によって力の発揮具合が変わります。
特に頑張らなくたってすごい自分でいられる場所は、心地よく楽であるんだけれどもやっぱり何か物足りなく、本当に自分の場所だとは思えない。
全然レベルが高すぎる場所にいってしまえば、自分のできることを見失ってしまう。
自分の身の丈にあったところで、頑張る自分が好きでいられるのが一番楽しいのかな。
でも、このガリバーのように、自分が力を発揮できることをなかなか信じられないこともあるでしょう。
大人になるに従って、悲しいかなこの傾向は強まるように思いませんか?
子どもは「できるかどうか」よりも「やりたい!」が先にきますが、だんだん逆になってきちゃいますね。
だけど、潜在的な力は子供の頃と同じように自分の中に持っていて、思う存分発揮されるのを待っている。
一歩踏み出してしまえば、あとは目覚めたエネルギーが自分をどんどん前へと押し出してくれる。
眠れる可能性をカタチにしよう。
ガリバーも目覚めて掴みとりましたよ![]()
