「こんなことしたら、人にどう思われるか。」
「お母さんがそんなことしてたら、子供に示しがつかない。」
「親だから。教師だから。高校生だから。らしくあるべき。」
私たちは人の目を気にして、「こうあるべき自分」に縛られたり、本当のことを言い出せなかったりします。
規範や社会的な常識、ルールという面から見れば、それも必要な場合もあるでしょう。
反面、人の目を気にし過ぎて、どんな場面でも自分を出しづらくなったら問題です。
今の私で、一番気にせざるを得ない立場は「母親として。」です。
こんなことがありました。
最近、元の職場の女性の先輩と食事に行きました。
母親としてあるべき姿をそのまま体現すべく頑張ってきた50代の方です。
私が、仕事をやめてからやっと友達に会ったりできるようになって、昼間は出かけることがよくありますと話したら、
「それはとてもいいことよね。でも、子供にはあまり分からないようにしないとね。学校行っている間にお母さんは遊んでばかりだと思われたらいけないし。」
と言われました。
私も、薄々はそう思っていたので、「やっぱりそうですよね・・・。」と返事したのです。
子供にばれないように息抜きしなきゃいかんと。
ところで、小学校の先生の企画で「親の自慢できるところ」をそれぞれ子供たちが書いて親に渡し、保護者会で親が自己紹介がてら内容を発表するというのがありました。
うちの子供の書いたものを見てびっくり!
ほとんどの子供が、「お母さんは料理が上手」と書く中、うちの子は「お母さんは誰とでも友達になれる。」と書いていたのでした。
私は、そんな社交的なわけでもなく、学校で気安く隣のお母さんに話しかけたりするタイプでもなく、「この子は何を見てこれを書いたんだろう?」と思って、家で聞いてみました。
すると、「ママは友達がいっぱいいて、いいなあと思ってるんだ。」と言われたのです。
今まで、「今日はオーラソーマの友達に会いに行ってくるね。」「ちょっと元の職場の人と飲み会で。」などと言っては、おばあちゃんちに預けられていた我が子が、不満どころかそんな風に自慢に思ってくれてたとは![]()
素直に正直にでいいんだなと思えた出来事でした![]()
自分で勝手に負い目に思っていても、相手は同じように思っているかというと、意外に好意的に解釈していることも多々あるようです。
反対に、良かれと思ってやったことでも、そうは思われてなかったり。
結局、自分で決めてやることならば、それを通すしかないように思います。
人の気持ちは人のもの。