同居当初、れなはママ(前妻さん)の話しをよくしてきました。

「ママとディズニーランドに行った。」
「ママとディズニーシーに行った。」
「ママと大きなお風呂(スーパー銭湯)に行った。」

ママとのお出かけの思い出はこの3つのみえーん

あとは、この時の出来事を話してきたり、れなにどう接してくれたか、どんな匂いだったとか…こんな優しい言葉を言われたとか…

毎日これの繰り返し…笑い泣き笑い泣き笑い泣き

今になれば、れなも実母と離れて寂しかったんだと思います。
たまにしか(年に数回)しか会えなかったとしても恋しかったんでしょうねぐすん
数少ない思い出しかないのも不憫だと思います。

でも、当時の私はイライラむかっムカムカドンッ
自分の面倒も見てくれない実母でも、やっぱり恋しいのかぐすんまぁ、子どもだから仕方ないよなー。
と思う気持ちもありましたが、気持ちの良い話しではなかったですぼけー

とはいえ、
れなには
「ママに会いたかったら、会いたいって言っていいんだよ。」

「ママのお話しもしてもいいからね。」

と伝えてはいました。

話すな!とも言えないし、聞きたくない!とも言えないし、実際れなの精神的な部分を1番心配していた時期なので、よき理解者でいてあげよう!そう思っていましたウインク

そして、
れなの前ではママ(前妻さん)の悪口は言わない!
これだけは肝に銘じて話しを聞きました。

まぁ、聞いた後は、心が疲れて精神的にボロボロでしたけどねえーん

どんなに私が頑張っても実母には勝てないダウン

その事実を毎日毎日確認させられてる気分でした笑い泣き笑い泣き笑い泣き

「ママはお仕事が忙しいから会えなかったの。」
「ママはパパが来るから、お家に来れなかったの。」
「ママの悪口を言うな!」一言も言ってないけど?

ママを擁護しまくってました。

ただ、一つだけ、ざけんなドンッムキーッと思ったのは、

「本当はママと暮らしたかったけど、学校を転校したくないからパパといるの。」

これを聞いた時はマジでムカつきましたムキーッ
はぁ?って気持ちでしたイラッ

「そうなんだ。」

この一言だけしか言えませんでした。
さっと、その場を離れ、心を落ち着かせました。

今となれば、私にまだまだ心を開いていない時期で、ママは恋しい。でも、何もしてくれないからあの暮らしには戻りたくない気持ちや、
パパは私だけのもの!おかゆは邪魔だけど、おかゆは私の世話係としてパパが連れてきた。だから、居るのも仕方ない。私の世話をするのが仕事でしょ!とか言われたなー。
そういう心の葛藤があって、自分の心を守るため、折り合いをつける為の発言だったのかな。と思います。

相手が子どもでも、ムカつくし、イラつくし、何度キレかけたかわかりませんイラッ

我慢!我慢!我慢!の連続でした。

まだまだ私もれなに遠慮してましたし、気も使ってましたあせるあせる

その後徐々にれなも私も変わっていきます!