個人で思うことです。人それぞれでしょう。
ゴールデンウイーク何かと"ものいり"です。
万札諭吉さんを用意しておかなければです。
世界初の透明なチョコレートドリンクを提供する東京駅前新丸ビルのショコラティエパレドオールなど、一度は話の種にと行きましたが
目が飛び出るお値段のチョコレートがたくさんショウケースの中に。
ゴディバはチョコレートのみ使用ですが、こちらは、他の素材、ピスタチオなど混ぜ込んであるところが違います。
話の種になので、お高くてちょっとです。
でも自分の手から離してしまったら、文句は言えません。
費用対価。
我が家で親子間でもあるお金の貸し借りのことになりますが、成人になればのことです。
お金が必要と見れば、頼まれなくても、「貸しましょう」、と親心
借用書は親子間でも書きます。
信用貸の時もありますが、しっかり返してもらいます。
これは、貸すという前提の時。
そうでない時もありますが、旅行用にと渡す時もあるし、飲み会の足しに、ということもありで。
一旦自分の手を離れたお金は、はっきりした使い道を言われて貸した時以外は、どう使うかは追求はしないのです。信用のもとに。
それが、使用目的以外に使われたとわかった時には怒りました。
実際、私の手を離れたものなのですが、そんな約束ではないでしょうと、使途について念書も何も交わしてもいないのですが、思うわけで。
こういう一員も家族に入るわけで、したたかですが、返済はしてくれるので。
手渡す時点で、犯罪に使われるとは決して思わないものの
、使用目的の通り使うとは思い貸すわけで。
世間の税金支払いは、望まない使われ方と知っていても、軍事産業に使われたりしても、その追求はどうにもならずなので要求通りに払うとして、逆らうと刑務所行きもあるので。"上位の権威に従いなさい"、と。
考えれば、以前購入した楽器や絵画も値段があってないようなものです。
東京駅丸ビルのレストランのカレーライスと、地方のカレーライスの値段の差も仕方ない事とか。
値段はあって、ないようなもの。
ビジネスという看板を掲げるか、ボランティアという看板を掲げるかという表面的なことでも計られない。
ボランティア活動にも、人が動く以上、交通費やら時給にしたらいくらになるのかやらを考えると、金額の産出のしようがないというもので。話があちこちになりましたが。
言い方は違えど、儲かった儲からなかった、赤字、黒字、同じ意味で。感情が入れば儲かった儲からなかったという言葉になるでしょうし、数字上での言葉使いならば、赤字黒字。
人間は感情の生き物なので、何事にも感情を乗せるので、うっかり友人にも言えないとなると、人の最後の砦、トイレ、寝室にカメラをつけられて監視されては生きていけないというもの。
詐欺を目的として物事が動いていることでなければ、自分がどこにお金をどれだけ支払うかの主体性は自分にあるということで。
一旦自分の手を離れたお金の動きに、自分に責任があるのは、支払う時点まで。
お金に目印をつけることができるなら、北朝鮮のミサイルとなって日本の費用に使われていることもあるかも。
一旦手を離れたお金に未練を持つなら、手から離さないことなのです。
物入りなゴールデンウイーク簡単に手元から大事なお金を簡単に手放すことはよく考えて。ま、お金は天下の回り物。財布の中にいつまでもあっては回り回って自分の元に戻ってもきませんが。
なので、使用不透明な宗教への寄付は保留、手からお金を離すことは慎重に。さらに深い理由はプライベート。
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現代の「お金」って、「応援」や、「感謝」みたいなものを可視化する存在でしかないんだよな。そのツールとして、すごい便利だ。「お金」に如何に色をつけるかが勝負だな。
