18日の朝、上野御徒町駅から両国に行く前に 岩崎弥太郎の豪邸「旧岩崎邸庭園」に行きました。
誰でも知っているあの財閥「三菱」の創業者、岩崎弥太郎です。
ここは、上野駅から近いので歩いていけます。

土佐藩出身の坂本竜馬と岩崎弥太郎。歴史を変えた坂本竜馬とある意味、日本の財政力を高めた岩崎弥太郎。行きついたところはかなり異なるけど、幕末から明治にかけて大いに活躍した。

土佐藩出身の坂本竜馬と岩崎弥太郎。歴史を変えた坂本竜馬とある意味、日本の財政力を高めた岩崎弥太郎。行きついたところはかなり異なるけど、幕末から明治にかけて大いに活躍した。
ちなみに、私の両親が土佐の出身(高知と言わないところが、「イゴッソウ」であり「はちきん」なのでしょう)小さいころから、坂本竜馬のお話は何度も聞かされました。「坂本竜馬のように、芯の座った人物になれ」(どうも、そのようには育ったようにありませんが・・・反省^^)
さて、この岩崎邸・・・・

明治29年(1896年)に完成。当時は15000坪の敷地に、20棟以上の建物があった。今は、洋館、和館、ビリヤード場、庭園。

洋館は一体幾つ部屋があるのだろうというほど大きくて、宮殿のような感じです。

和館なのですが、完成当時は550坪。洋館を遥かに凌ぐ大きさだったようで。今では、和館の中にお茶屋があり、料金を払ってお茶や飲みのもが販売されています。


明治29年(1896年)に完成。当時は15000坪の敷地に、20棟以上の建物があった。今は、洋館、和館、ビリヤード場、庭園。

洋館は一体幾つ部屋があるのだろうというほど大きくて、宮殿のような感じです。

和館なのですが、完成当時は550坪。洋館を遥かに凌ぐ大きさだったようで。今では、和館の中にお茶屋があり、料金を払ってお茶や飲みのもが販売されています。

ビリヤード場は遠くから見ると、馬屋か納屋かと思いまいしたが、こんな昔に独立してビリヤード場を持つなんて驚きでした。
館の中での写真撮影は禁止されていますので、外からの撮影だけです。
中に展示されているものでちょっと気になったもの・・・岩崎弥太郎の社訓。
「会社の利は全て社長一人に帰す。会社の損益は社長一身が負う」
これです。前半は驚きました。でも、当時としてはこれが当たり前だったのかも?後半は、岩崎弥太郎の責任感を感じます。参考になりました。
これです。前半は驚きました。でも、当時としてはこれが当たり前だったのかも?後半は、岩崎弥太郎の責任感を感じます。参考になりました。