高校が最終学歴の私にとって、“卒業”した数より多いお産。
私に絶対的な存在を与えてくれたお産。
マタニティブルーの母親を見て、小さな頃から絶対に安産をすると、自分に固く誓い、自分のお産を通して、母親を解放してあげることが、自分の使命だと思っていた。
そう、私の”お産”に対する想いは、小さな頃から秘かに持ち始め、少しずつ膨らんでいたのだ。
もちろん、母親はこのことを知らない。
母親はいつもこう言っていた。
「お産の手伝いに行くからね」と。
小さな頃から言われ続けていた私にとって、当たり前のことだと思っていた。
だから、他県に嫁ぐことになって、父親も母親も“絶対に里帰り出産”を
結婚の条件にした。
里を離れる車の中で、旦那と散々話し合った。
「自分の子どもが生まれる瞬間に立ち会えないなんてありえない!」
vs
「お産って何があるかわからないから、一番安心できる母の許で!」
この時の私は、“お産”って、痛い、辛い、怖いのイメージ。
下手したら、精神的にヤラれる・・・。
でも、何故か「10人産んだばーちゃんと同じ戌年のアタシは、絶対安産だ!」という根拠の無い自信だけはあった。
(ばーちゃんはアタシの守護霊だと信じきってる!)
月日は過ぎて、妊娠が判明する。
とりあえず、噂で聞いた良さそうな産婦人科に旦那と行ってみる。
ベテランのおじーちゃん先生。
検査の結果、陽性で、今3ヶ月です。出産予定日はいついつですね。
と事務的な会話をする。
こみ上げてくる嬉しくてワクワクする気持ちが抑えきれずに、幾つか質問をしてみた。
すると冷淡に「それはまだ先の話でしょう。妊娠後期でもまだ間に合いますよ」みたいに返され、岩を背負ったような気持ちで診察室を出た。
帰りの車の中で、旦那に「アタシ、ここで産みたくない」と言った。
そして、親父の知り合いに助産師さんがいるから、と、後日その助産院へ連れて行ってくれたのである。
ところがところが・・・
今は(赤ちゃんの)取り上げはしていないという。
つまり、分娩できないということ。
すると、その助産師さんは自宅分娩を取り上げているという、開業助産師さんを紹介してくれたのだ。
そう、これが、私が自宅出産をすることになったきっかけなのです。
実母も義母も、「自宅で大丈夫なの??やめときなさい」とあまり賛成の声は無く、心配していた印象が強かった。
初めて、その自宅分娩の助産師さんに会った時、彼女は真っ先にこう言ってくれた。
「おめでとうございます」と。
そう、その一言だったんだよね。
その一言が、すごく温かくて、あぁ、この人に取り上げてほしいって思わせたの。
1時間近く、事務的な話や自宅分娩のあれこれ雑談をして、もう心はすっかり決まっていた。
母親は、信じられない!と言った感じだったけど。
***
だけど、産後の手伝いに駆けつけてくれた母は、何より喜び、感心していた。
助産師さんがこんなに付きっ切りで、心身共に産後のケアをしてくれること。
リラックスして産んだ事で、赤ちゃんも穏やか。
母乳の始まりがスムーズ。
入退院の面倒が無い。
切ったり縫ったり、薬を飲んだりしないこと。
などなど、他にもたくさん良い事尽くめで、「私ももう一度出来る事なら自宅で産んでみたいわ~」なんて冗談ほのめかしている母の姿を見て、あぁ、私がこの人の娘に生まれた役目はこれだったのかなぁ、なんて思いが胸をかすめた。
何はともあれ、私が産後、晴れ晴れとした顔をしていたことが、どんなお産だったかを物語り、母は安心して家路についたに違いない。
あんなに里帰り出産を強要していた母だったが、本当の所大切なのは、産む本人が氣まま意のまま思いのままに産むことがいかに大事かということに気付いたのかもしれない。
産後、忌みが明けるまでの間、身の回りのお世話をしてくれる母と、本当に色んな話をした。
私を産んだときの話
兄を産んでマタニティーブルーになった話
10人を家で産んだばーちゃんのお産の話
実家に越してくる前に住んでいた人が産婆さんだった話
・・・母の人生を聞いているようだった。
お産の話はとても大好きだった。
どんなに聞いても、どんなに話しても、全然飽きることが無かった。
気が付けば、私と母がお産についてあれこれ話していると、まるで人生観を互いに話し合っているようだった。
母は母なりに、自分の人生を見つめ直しているようにも思えたし、私は私でこれからどう生きて、どんな生き方をして、どのように死んでいきたいのかをクリアに見ることができた。
自分の内側を見つめ、コンプレックスを許し、全ては愛と感謝で満たされていると感じることができた。
これが、私の『お産を語る会』の、はじまりのはじまり。
大好きでめちゃめちゃ信頼をおいてる、私のお産のパートナー、オサンバさん。(産婆と言っても、婆さんという歳じゃぁない。)
いつもニコニコしていて、柔らかい雰囲気で、とっても素敵な人。
この方にお産を取り上げてもらえたことが、私にとってとても幸せなことでした。
