いのちをいただく | Rainbow farm

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nanaがたまに思いついたことを
忘れないようにするために
綴っていくblog。

※この画像は、後日自宅で捌いた時のもので、記事とは(あまり)関係ありません。

(ホントはね、一番下に画像を持ってきたかったんだけど、上手いことできんだ。)

 

 

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昨年12月初旬、新潟県上越市で、鳥インフルエンザにより23万羽の鶏が殺処分された。


同じ頃、私は1羽の鶏を捌いていた。


初めてのことだった。
生き物の息の根を、この手で止めたのは。



自宅で鶏を飼い始めたこともあり、近所の養鶏農家と交流があり、鶏の捌き方を見学させて欲しいとお願いしたことが始まりとなった。


自給自足の生活を目指し、ここ種子島に移住した私たちにとって、鶏を捌く事は、いずれ訪れるカリキュラムであり、遅かれ早かれいつかはするだろうと思っていたけど、意外と早かったなー、とちょっと動揺もしたりした。


夕方、養鶏農家の食肉加工場へ訪れた。
主に奥さんが加工している。

実際にやってみるかと聞かれ、そのつもりで来たと伝える。


大きな鍋に、たっぷり湯を沸かし始めた。

別の小屋にいる鶏を2羽もってきた。
平飼いの鶏の毛並みといったらとても綺麗で、ふわふわして温かい。

まずは手本を見せるからねと、羽を膝の間に挟み、左手で足とトサカを持ち、耳の裏の動脈に奥さんは包丁を入れた。

包丁はスーッと入り、そこから綺麗な弧を描いて血が流れ出た。
首筋を扱き、血を絞り出す。
その一連の作業は、実に鮮やかだった。

奥さんは足を持ったまま、大きな袋に鶏を突っ込み、袋の口を閉じた。
袋の中で、大きく暴れる鶏。
鶏は、首を取っても暴れると言うのは聞いていたけど、本当に「最後の足掻き」ってやつだと思った。


ここまでやってみて、と包丁を渡される。

奥さんはあんなに簡単にやっていたけど、いざ自分がやるとなると、ドキドキしすぎて、鶏の持ち方すらもう覚えていない。

羽を膝で挟み、左手で足を持つが、どうやってトサカを持つのか、もうわからない。
手がもう一本欲しいとか、軽いパニック。(笑)

何とかトサカを持ち、右手には包丁。
鶏も覚悟を決めたか大人しく、耳の裏を探す。
邪念が入る。
「アタシ、本当にやるんだ」とか、「可哀想とか思っちゃダメだ」とか、「無心になれ」とか。
緊張と動揺を隠せないまま、えいっと包丁を入れた。

ところが、ブニュッとして、なかなかスーッとは入らない。
また軽いパニック。(笑)
同じ所をまたやってみる。
血は出ない。
何度か繰り返したところでやっと血は出てくるが、奥さんの時のような
弧なんか描かない。
手に汗を握り、首筋を扱き、何とかかんとか血は滴り落ちた。
「切れない包丁でごめんねぇ」と奥さんは言ったが、完全に私の失敗であり、心が定まってなかったのも、きっと理由の一つだったかもしれない。


“ごめんね”と心で呟きながら、鶏の足を持ち袋に突っ込んだが、一っつも暴れない。
もう、召されてしまったようだ。
奥さんが言うには、包丁を入れる前から意識を失っていたのかもね、と。
だから血が飛び出なかったのかもね、と。
少なからず恐怖心を持っていた私は、体に力が入りすぎ、膝に挟んだ羽を折ったか、左手で持った首の関節を折ったか、かなり圧迫させてしまったのだと思う。


2羽の鶏を、沸かしたお湯にしばらく漬け、羽取りマシーンに投入する。
みるみるうちに羽は剥がされ、取り出した鶏はお肉屋さんで見るような、丸焼きの姿をしていた。
もう、ここからは『肉』として見ることができたので、恐怖心や緊張や動揺は完全に消えていた。


マシーンで取りきれなかった羽を、丁寧に手でむしり取り、完全に丸裸となった鶏。
バーナーで全体を炙り、細かい産毛を焼ききってしまう。
特に肛門は厳重に。
チリチリと音を立て、香ばしい香りが立ち込める。


ここからは奥さんと同時進行となる。
首と足を切り落とす。
奥さんの鶏は目が開いていたが、私の鶏は目を閉じていた。
とても苦しかっただろう。可哀想なことをした。


胃や腸を破かないよう、細心の注意を払い、内臓を一気に全部取り出す。
取り出した内臓から、心臓、レバー、砂肝、雌だったので卵を取り除いた。
モモ肉を落とし、ムネ肉、ササミを取る。

骨に取り付いた肺を剥がし取り、最後はガラだけとなった。


私が捌いた肉は売り物にならないため、持ち帰らせてくれた。
奥さんにお礼を言い、家路に着いた。

帰りの車の中で、まだドキドキしていた。


私が鶏を初めて捌いた日、同じ空の下で、23万羽の鶏が殺処分されていた。

同じ生き物なのに、魚を捌く時とは全く違ったし、以前、野生の鹿を捌く手伝いをしたが、その時の感じともまた違う。
既に息の根が止まっているものと、まだ生きているものの息の根を自ら止めたと言うことなのか。

無意識のうちに感じていた命への敬いを、この時はっきりと自覚したのだろう。


スーパーや肉屋で売られている肉が、生き物から肉になるまでの現実をちゃんと知っていなかったし、子どもに『命は大切だ、食べ物を粗末にしてはいけない』と、親になったつもりで言って来た言葉を、私はちゃんと実感して、自覚して、伝えたいとずっと思っていた。



先日、我が家で飼っている鶏が初めて卵を産んだ。

卵代が浮いた、ラッキー!
なんて、当然だが思わなかった。

昨年夏に卵から孵って、大きく成長した鶏。
10月にいただいて、大事に大事に育て、今か今かと待っていた鶏が、初めて卵を産んだのだ。

初産で小さな卵だったが、家族みんなで大事に食べた。


今日も命はめぐりめぐっている。


私はこの日のことを忘れないでいよう。