一か月分の肉を食べたかもしれない・・・!(笑)まにこです。
更新していない間も、訪れてくださって、ありがとうございます(*^▽^*)♪
その後、蒸したせいなのか、体調が低空飛行になり、またダウンしていました・・・ヽ(゚◇゚ )ノ
肉、食べたのに(笑)
やっと週末から回復してきました≧(´▽`)≦やっとヘロヘロな文じゃない、ブログがかける・・!(笑)
ヘロヘロウィークも(笑)たくさん天使とマスターが応援に来てくれていて、
車で3車線の真ん中を走っていると、
目の前の車のナンバーがよ~く見たら、「11-11」!!
そして、その両脇の車が、両方とも「722」が入っているナンバーでした∑ヾ( ̄0 ̄;ノ!!
「その道でいいよ~信じてね~信じてね~実現するからね~」ということですね・・・
そして、「3」台の車で同時にシンクロを見て、
「4」匹のたわむれるちょうちょをみました ♪
運動会の応援みたいに多くなってる!!(笑)
札幌市内に帰るまで綿毛とちょうちょがついてきました・・・10匹以上~~~
シメに、「2」羽のハトばかりを見続け、さいごのペアのハトは
見始めると奥からヒトリ、ものすごく主張して「ホッホー、ホッホー」と加わって、「3」になりました(笑)
鳥やちょうちょは、天使の使いです♪
いろんなところでお肉を頂く機会に恵まれ、いろんな人と会う機会にも・・・・
なんと、20年以上会っていなかった、小学生時代の同級生に
会うことが出来ました♪♪
なぜか、それほど遊んだことはないのに、わたし達はお互い相手のことが印象に残っていて、
とっても長い年月がたっていたのに、壁のようなものをほとんど感じませんでした~
彼女は(小学校3年生くらいに知り合ったので、それはそうなのですが( ´艸`))
とってもとっても笑顔のキュートな素敵なおねえさんになっていて、
まぶしいくらいでした♪♪
ご縁って、本当にふしぎですね☆☆
わたしにとって、今は
人生の回路・・・ジャンクション?かな?を接続しなおす
一大メンテナンス期間なのですね。
私自身も、ひとつわかったことがあります。
自分と、相手の「ハートのスペース」を意識する
ということですね・・・・
胸のあたりにはハートチャクラがあり、
そこには「ハートの聖なる空間」があるといわれています。
ハートの神聖な庭はひとりづつにあって、それは自分が持つスペースです。
マジカルチャイルド(無限の可能性のままの、神聖なこども意識)が住んでいるのも、
ハートの庭です。
自分の庭を大切にすることは、わがままではありません。
なぜなら「わがまま」は、
「我」の「まま」つまり、エゴの意識が勝っている状態です。
ハートの庭には、その人だけがもつ、とても大切なものがたくさん眠っています。
いわば、ハイヤーセルフというおかんが守っている「おうち」の、おかんが大切に守っている
庭なのです。
本来、ここでわたし達は満たされています。なぜなら、完璧な自分にいわば
カスタマイズされた、オリジナルこのうえない庭だから。
そこに「自分を入れろ!」と上がりこんでくる人がいたら
「どうしたんですか?ここはあなたの庭ではありませんよ」と、返してあげるのが
ほんとうの、優しさではないのでしょうか?
自分カスタマイズされてますからね((>д<))
「わが」「まま」に、つまり、エゴに好きにさせるのは、やさしさではないのです。
なぜなら、相手の魂は、それを望まないからです。
なぜ、ひとのスペースに入る必要があるのでしょうか?
それは恐れているからです。
脅したり、命令したりすがったりしないと、ハートの庭に入れてもらえないと、
「安らぎを感じられない、愛されたい」と恐れているからです。
でも、ひとりひとりに自分のために用意された、完璧な美しい
ハートの「安らぎの」スペースがあるのです。
なぜ、自分の宝物が使い切れないほどにあるのに、人から獲らなくてはいけないのでしょうか?
それは、自分の庭への帰り道を見失ったからです。
スペースをうまく守れないとき、
それは自分への敬意が低い時です。
自分を慈しんでいない時、ハートの庭が見えません。
目隠しをしながら庭を探しているようなもので、
「ここはどこ~?」とひとのスペースにまで踏み込んでしまいます。
他人への敬意をうまく感じられないときも、同じです。
そんなときは、自分をまず癒してください。
荒れてるな、と思ったら、かさついたお肌をいたわるように、
自分の魂もいたわってあげましょう(‐^▽^‐)
そこから、愛があふれ出ます。
もう一度いいますが、「自分にできることをしなくちゃ」と、外で拾ってきてしまった波動に影響されて、
ハートの神聖なスペースにあがりこまれるのを許すのは、やさしさではありません。
相手の恐れを助長させると、相手の魂を傷つけてしまいます。
そして、自分の魂も傷つきます。
誰も幸せになりません。
「ひとが不幸なのを見て、罪悪感にとらわれて自分も不幸になっても、誰も幸せにはならない。
不幸な人が2人になっただけだ」
そう、アラン・コーエンは本で伝えています。
エゴがたとえそう望んでも、魂は決して、決して納得しないでしょう。
ひとは、あなた自身もそうであるように、あなたに敬意を払う自由もあります。
ならば、そちらを受け入れたくないですか?(^-^)/
自分をハートのお庭で満たした時、あなたは素晴らしい贈り物をまわりに注いでいます。
それは、光の贈り物♪♪
あなたは、「愛」という、この世で最上の贈り物を贈っているのです♪♪


