息子が不登校になり良かったなぁと思うことが
結構あります。
①受験、受験とピリピリしなくてすみました。
もちろん勉強は毎日少しでもやってねと
声はかけていますが
受験(良い高校、良い大学、良い就職先)より
日々楽しく。
将来はやりたいことをやれば良いと
思えるようになりました。
勉強を毎日少しでもと思うのは
やるべきときに、やるべきことをしてほしいから。
一応受験という大きなミッションがあるのに
携帯ばかりを触っているのは感心しない。
高校に行きたいという気持ちがあるなら
努力は必要だとは思っています。
でも目標が相当低くなりました。
たまに自分に「それは負け惜しみ?」と
問いかけてみます。
いや、今は本当に子供達がやりたいように
やれば良いと本当に思えます。
(携帯を1日触る事ではないですが
)
②学校に行くだけがすべてではないと
思えるようになった。
「休むと高校行けないよ!」
「成績下がるよ!」と思わなくなった。
行けないなら、その他の道を探してみようと
思えるようになった。
できる限り親も子供も頑張った上で。
③子供の話を聞くようになりました。
以前は親の権力ふりかざし、言いなりに
ならなれば「じゃあ、○○禁止」と平気で
言っていました。
圧力をかけて押さえつけていました。
今は子供たちの気持ちを汲み取り
○○しないと○○ナシ等というルールは
言わなくなりました。
「なんで嫌なの?」
「あなたはどうしたいの?」
「どうすれば良いと思う?」
と聞くようにしています。
④学歴で人を判断しなくなった。
学歴がなくても、人と接する時の優しさ
思いやり、気遣い、芯の強さが大事。
協調性、責任感が大事だなと思います
努力してる人は素敵だなと心底思います。
⑤旦那のありがたさが分かった
↑最後かよ(笑)
優しい人なので、人に対して怒るという事が
あまりない。
本当にないのか、他人に興味がないのか
他人にそこまで求めてないのか
怒る気力がないのか、表現ができないのか
わかりませんが(わからんのかーい
)
でも、ここぞと言うときは息子と話してくれ
ここぞと言うときは私の話も最後まで
聞いてくれて
「ただ聞いてくれる」ということの
ありがたさ、受け止めてくれるということで
安心感がうまれることがわかりました。
怒るという事で得れる物は少ないと
思いました。
おそらく怒っても反感をかうか
反発されるか。
怒られて良い気持ちのする人はいないよねと。
それを実体験で理解できたので
子供達の話も最後まできくようになりました。
まだまだ下の兄弟達も成長過程。
息子が不登校になったことで、私の
学びになり、下の兄弟達にも
寛容になれました。
いや、なれるよう意識しています。
「不登校になってくれ良かった」
負け惜しみではないか?と自分に
問いかけても
「良かった」と答えれます
そうでもしてくれないと、私は
変わらなかったから。