皆様こんばんは。
今日は語呂合わせで「よいこの日」だそうで。それにちなむ記事を書こうとしたら、今の時期にピッタリなエピソードを思い出したので、それについて書きたいと思います。
「よいこ」とは一見響きは良いですが、裏を返すと、ごますりとかおべっかを使うとか、下心がむき出しになり、それが相手に見破られてしまうことがあります。ある意味「承認欲求」であるとも言えましょう。
見破られなくとも、人から軽く見られてしまうきっかけをわざわざ自分からつくる、すなわち自分を「安売り」ことになり、そういうのが積もり積もると、最終的に本質を見失い、誰からも相手にされなくなるのでは、そんな気がしています。
実際僕自身、サラリーマン時代、同期の中では自分が最年長だったこと、早くステータス的にも同年代と肩を並べたいという想いから、とにかく早く出世したい、そのために周りから気に入られ、評価され昇進、という道を目指していました。そのため、入社式だったか入社研修だったかの決意表明で「手本となる社員を目指す。」と発言した手前、誰よりも率先して仕事をし、誰もやりたがらない仕事をも引き受けて、一目置かれようとしました。そして配属先でも僕をいち早く昇進させようという動きがあり、それに応えたいという気持ちもあり、何事も一生懸命取り組もうとしていました。これが今にして思えば社内の「よいこ」を目指そうとしていた側面だったと思われます。
しかし実際は空回りするばかりで、ほかの同期、そればかりか後輩にもどんどん追い越され、置いていかれる一方だったのはもとより、その焦りからミスが増え、だんだん「仕事ができない人」化していき、仕事量も後輩に振られる場面が増え、気が付けば「窓際族」となっていて、「リストラ候補」の話も耳にするようになっていきました。
結局のところ入社時の決意表明は「よいこちゃんぶり」をしていたにすぎなかったことがあとになってわかりました。今思えばミスが多発してしまったのであれば、そのリカバリーの仕方や再発防止策を明確にしなかったのも、「仕事ができない人」になった要因と考えています。
職場において、一度「仕事ができない人」というレッテルを貼られてしまうと、それを覆すのはかなりハードルが高く、信頼関係を失おうものなら、どんなに頑張っても誰も評価しない、自分は頑張ったつもりでもその頑張りを人に持っていかれる、すなわち成果の名前が書き換えられてしまう、そういう展開にもなりえます。職場により忖度で人を評価するような側面があればなおさらあり得るかもしれません。実際僕もそうでした。
結局のところ、サラリーマン時代こうなってしまった最大の要因は「焦り」でした。その決意表明の末路こそ前述のように、「窓際族」になってしまったこと、そしてキャリア放棄という意味での「脱サラ」でした。
後日改めて記事にしますが、こういうのがきっかけで離れていく人が多かったのであれば、それはごく自然な流れだったのだろうと思います。
大切なのは何のために頑張る、なのか。その頑張り方も本質を見誤ると、骨折り損のくたびれ儲けになってしまうだけだから、注意が必要です。
その後も様々な経験を経て、コロナ禍をきっかけに転職活動を余儀なくされた際、人と比較するだとか、世間体を気にするだとか、そういうのを一切やめて、自分を取り繕わず何事も堅実に取り組もうと心に決めました。心に決めたとはいえ、それが定着するのに時間がかかったのも事実です。
結局僕は出世はできなかったし、社会的地位も得られませんでしたが、今は機密情報を取り扱う仕事をさせていただいている事情もあり、それこそ堅実に取り組むことに注力しています。
僕は仕事ができる人間じゃないけど、むしろ仕事ができない人間だからこそ、まずは堅実に仕事に取り組むことは、基本にしたいと思います。